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第4章 低賃金にあえぐ家計の実態   全文公開(その1)

『野口悠紀雄の経済データ分析講座:企業の利益が増えても、なぜ賃金は上がらないのか?』が、ダイヤモンド社から11月17日に刊行されます。
これは、第4章の全文公開(その1)です。

■3つのステップで賃金格差や非正規雇用の実態を理解しよう

(1)疑問を持とう――非正規の実態はどうなっているのか
 非正規雇用が増大しているといわれますが、これは家計の所得にどのような影響を与えているでしょうか? もし世帯主が正規雇用であり、それまで働いていなかった主婦が非正規雇用になるなら、世帯としての所得は増加するはずですが、そうなっているでしょうか?

(2)仮説を立てよう――低賃金と消費停滞の悪循環が生じている
 非正規が増えても世帯所得が増えない場合が多く、このため消費が停滞します。それが小売業やサービス業の零細企業での減量経営を余儀なくさせ、それが賃金の引き上げを阻害します。このような「悪循環」が生じています。これが、大中企業の利益増加の裏側で生じている日本経済停滞の基本的なメカニズムです。

(3)データで確かめてみよう――データは悪循環を示唆している
 この問題を1つの統計だけで解き明かすのは困難です。どの統計も部分的な姿しか捉えていません。さまざまな統計を付き合わせることが必要です。

 四半期当たり給与水準は、企業規模によって大きな格差があります。製造業について見ると、図表4-1のとおりです。
 資本金10億円以上の企業では220万円(年間880万円)であるのに、資本金2000万円未満の企業では102万円(年間408万円)しかなく、両者の間に2.2倍もの格差があります。非製造業については、本文中の図表4-2に示すように、資本金10億円以上の企業と資本金2000万円未満の企業の間に1.5倍の差があります。

◎グラフを自分で描いてみよう
図表4-1のデータと、それをグラフに描く方法の説明が、サポートページにあります。

図表4-1


書籍にあるQRコードをスマートフォンのカメラで認識させて、開いてください。

     * * *

 総雇用者所得は増えたが、増えているのは非正規雇用であるため、世帯収入は増えない。家計消費の伸び悩みと零細企業の売上減の悪循環が生じており、日本経済停滞の基本的な原因となっている。


■1 低賃金部門の給与は生活保護に近い

◆大企業の給与は零細企業の1.7倍

 第3章で見たように、企業規模別、業種別に、給与水準には極めて大きな差がある。これが、平均値だけでは分からない日本経済の実像だ。
 低賃金部門の実態を探るために、以下では、法人企業統計調査における「1人当たり人件費」(「給与水準」)を、より詳細に分析する(注1)。
 この値は、業種や企業規模によって大きく異なる。
 その状況は、図表4-1および図表4-2に示すとおりだ。製造業、非製造業のいずれにおいても、企業規模が小さくなるほど1人当たり人件費は低くなる。

図表4-2

(注1)法人企業統計調査における四半期当たり人件費は、129万円(年間で517万円)だ(2018年10~12月期、全産業、全規模)。
 他方、毎月勤労統計調査における月間給与は、現金給与総額で見て、調査産業計で26.4万円(年間で317万円)だ(19年2月)。

◆零細企業からの労働者は大企業に移っても低賃金のまま

 給与水準は生産性の反映だから、前項で述べたことは、大企業の生産性が高く、企業規模が小さくなるほど生産性が低くなることを示している。
 原理的には、「大規模な組織は意思決定が遅くなって効率が低下し、より規模の小さい企業では意思決定を迅速に行なえるために生産性が高くなる」ということが起こってもおかしくない。アメリカでは、ベンチャー企業の勃興に関して、こうしたことがあると言われる。しかし、日本ではそうはなっていないのだ。
 なお、製造業のほうが、非製造業に比べて、大企業と零細企業の格差が大きくなっている。これは、製造業では、資本装備率の向上(機械化)などによる生産性の上昇効果が顕著に働くからだろう。
 日本では、サービス業の生産性が低い。しかし、製造業でも、零細企業では生産性が低い。図表4-1と図表4-2に示されているように、製造業の零細企業(資本金が2000万円未満の企業)の1人当たり人件費は、非製造業の大企業の3分の2でしかない。
 ところで、零細企業の生産性が低く、大企業の生産性が高いのだから、零細企業の就業者が減って大企業の就業者が増えれば、経済全体の生産性は向上し、賃金が上昇するように思える。
 そして、これまでの章で見てきたように、実際に、零細企業の就業者が減少して、大企業の就業者が増えている。
 それにもかかわらず、経済全体の賃金は目立って上昇しないのだ。
 こうなるのは、第3章で述べたように、零細企業から放出される労働者は、大企業に雇用されても低賃金のままだからだ。
 これが、日本経済の現状を理解する上で極めて重要な点である。

◆零細飲食サービスは製造業大企業の4分の1

 企業規模で見て同じクラスであっても、業種によって給与水準は大きく異なる。
 図表4-3、図表4-4では4つの業種を示した。

図表4-3

図表4-4


 大企業で見ると、給与水準が高い順に、電気業、製造業、小売業、飲食サービス業となる。製造業と電気業が高給与であり、小売業と飲食サービス業が低給与だ。電気業と飲食サービス業の1人当たり人件費を比べると、全規模で3.4倍、大企業で2.9倍になる。
 なお、零細企業では、電気業の給与は低くなり、小売業のほうが高くなる。これは、零細電気業と大企業の電気業は異質の存在であることを示している。
 以上のように、給与水準は、企業規模別に見ても、業種別に見ても差がある。
 もちろん、1つの企業の中でも、個人の給与には差がある。ただし、それは、年齢や職
階の差によるものであり、当然のことだ。問題は、規模や業種によって、給与に差が生じることなのである。
 規模と業種という2つの要因は、絡み合っている。例えば、電気業では大企業の比重が
高いために業種としても給与が高くなっており、サービス業では零細企業の比重が高いために、業種としても給与が低くなっている。
 企業規模と業種の2つの軸で見ると、高いところと低いところの間で、極めて大きな差がある。
 給与が高いのは、つぎの業種の大企業だ(括弧内の数字は、2018年10~12月期の四半期の1人当たり人件費)。
 自動車・同付属品製造業(231万円)、鉱業、採石業、砂利採取業(265万円)、電気業(256万円)、ガス・熱供給・水道業(253万円)。
 これらの部門では、自動車・同付属品製造業を除いて、年間給与は1000万円を超える。
 給与が低いのは、つぎの業種の零細企業だ。
 食料品製造業(74万円)、電気業(74万円)、小売業(82万円)、不動産業(81万円)、飲食サービス業(61万円)、医療、福祉業(83万円)。
 飲食サービス業の零細企業と電気業などの大企業との間には、4倍以上の格差がある。そして、飲食サービス業の零細企業での給与水準は、生活保護水準に近い(注2)。しかも、この数字は、この部門での平均給与だ。実際には、これよりもさらに低い給与の人がいることに注意しなければならない。

(注2)生活保護費は、家族構成などさまざまな要因によって決まるが、夫婦、子2人の4人世帯だと、年間200万円程度+アパート代だ。

◆非正規の給与は正規の4分の1

 以上で見た給与水準の差は、正規従業員の比率の差と密接に関連している。
 毎月勤労統計調査によると、調査産業計で、現金給与総額を年額にすると、一般労働者で411万円だが、パートは114万円だ(2019年2月)。
 このように、約4倍の格差がある。
 正規・非正規の差を考慮すると、賃金格差は、規模や業種別の格差よりも深刻になるはずである。
 法人企業統計調査によって見た大企業(資本金10億円以上の企業)の1人当たり人件費は、非正規就業者をも含めた平均の値である。仮に正規従業員だけを取り出して比べれば、差はもっと大きくなるはずだ。
 ただし、法人企業統計調査では、正規従業員と非正規従業員がどのようになっているかは分からない。
 正規従業員と非正規従業員の比率は、労働力調査、毎月勤労統計調査には示されている。
 毎月勤労統計調査によれば、パートタイム労働者の比率(事業所規模5人以上)は、19年2月で31.5%である。
 労働力調査によれば、正規が61.8%、非正規が38.2%である(注3)。
 ただし、産業別、企業規模別に正規従業員と非正規従業員がどのようになっているかは、どちらの統計でも分からない。

(注3)毎月勤労統計調査では、「常用労働者」を「パートタイム労働者」と「一般労働者」に区別している。
 労働力調査では、雇用者を「正規の職員・従業員」と「非正規の職員・従業員」に区別している。後者は、「パート」「アルバイト」「労働者派遣事業所の派遣社員」「契約社員」「嘱託」「その他」に分類される。労働力調査の「パート」の比率は18・6%だ。

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