図書館ー2

ゲーテ、ファウスト(第2部)

 古典というのは「長くて難しくてつまらないもの」と相場が決まっているので、ゲーテの『ファウスト』も同類と思っている人が多いのではないでしょうか?中世ドイツを舞台にした第1部だけを読むと、「やはり」という思いを持つ人が多いでしょう。しかし、第2部は、第1部とは全く違います

 『ファウスト』第2部は、奇想天外の空想ファンタジー劇なのです。仕事が一段落したとき、ソファに寝転んで、どこか適当なところから読み始める。ページを開くだけで時空を超えた世界に行けるのですから、現実に存在する「どこでもドア」です。宣伝文句にだまされて読んだものの大抵は幻滅する近頃のSFやミステリーとは、大違い。同じ場面を何度読んでも退屈しません。それどころか、ますます引き入れられます。

 出だしからしてそうです。第1部は薄暗くて煤まみれの陰鬱な研究室ですが、第2部の始まりは、色とりどりの花が咲き乱れ、滝に七色の虹がかかるアルプスの麓です。そして、ギリシャ神話のヘレナが黄泉の国から呼び醒まされ、極彩色の冒険大活劇が展開します。

ワルプルギスの夜」は、第1部(ブロッケン山)にも第2部(「古典的」)にも現われるので、両者を比べてみると、違いは明確にわかります。第2部のほうがずっと幻惑的です。これは、後で述べるベートーベンの初期と後期の違いに酷似しています。

 「ゲーテは、生涯を通じて成長しつつづけたのだ」ということができます。『若きウェルテルの悩み』や『ヘルマンとドロテーア』なら、私でも努力すれば書けるのではないかと思われます(!?)が、『ファウスト』となると、話はまったく別です。それが、第1部と第2部の違いとして現れているのです。

 「芸術家の成長、ないしは変身」という現象は、広範に見られるものです。現代でいえば、ビートルズやビーチボーイズは、成長と変身を続けました。ベートーベンとモーツァルトの音楽も、作曲者の生涯を通じて大きく変化し、成長しました。モーツァルトの変化は、ピアノ・コンチェルトやピアノ・ソナタに最も明確に見ることができます。ベートーベンの作品が、初期、中期、後期と時代的に分かれること、弦楽四重奏曲においてその区別がもっとも明除に表われていることは、よく知られています。交響曲などについても、初期、中期、後期の区別がなされますが、私の印象では、弦楽四重奏曲のような明瞭なものではありません。弦楽四重奏曲についていえば、第4、5、6番の直的で単純な構造の音楽と、第14、15番の内省的で複雑な構造の音楽とは、明らかに異質のものです。後期四重奏曲においては、初期の作品にあった跟動する力強さは背後に退きました。しかし、形式の制約から解放された音楽が、のびやかで美しい秩序を見せています。

 まず、第2部のあらすじを紹介しておきましょう。

 眠っていたファウストは、アルプスの山中で目覚めます。
 風の精霊アーリエルをはじめとするエルフ達に囲まれ、ファウストは精力を取り戻し、神聖ローマ皇帝の家臣としての仕事を始めます。財政が破綻しかかっている皇帝をだまして、ありもしない地下の財貨を担保に紙幣の発行を提案します。
 ギリシャ神話の美女ヘレナを見たいという皇帝の命令がきっかけになり、ファウストはヘレナの姿を垣間見るのですが、それを捉えることには失敗。
 舞台は昔のファウストの書斎に戻ります。ファウストのかつての弟子ヴァーグナーが、ホムンクルス(人造人間)の創造を試み、ついに瓶の中に肉体を持たないホムンクルスが産まれます。
 ファウストはヘレナを探すため、ギリシアの古典的ヴァルプルギスの夜に飛び発ちます。

 紆余曲折を経て、ファウストは、時空を超えてギリシャ神話の時代に降り立ちます。
 ファウストは、メフィストの魔法の力を借りて戦いに勝ち、ヘレナと結婚します。二人はオイフォーリオンという子供をもうけ、幸せな生活を送ります。しかし、オイフォーリオンは、高みを目指そうとして崖から飛び立ち、墜落死します。ヘレナは消え去ります。

 ファウストとメフィストは岩の頂上に降り立ち、議論を行います。ファウストは、偉大な事業を成し遂げたいと述べます。
 メフィストの魔力によって神聖ローマ皇帝を助けて戦いに勝利。ファウストは、その褒美に領地を得ました。荒涼たる海辺の土地を干拓し、新しい領土を作ろうとします。
 しかし、メフィストは、立ち退きを求めていた老夫婦を殺してしまいました。
 夜、独り物思いにふけるファウストのもとに4人の灰色の女が現れ、そのうちの一人「憂い」に息を吹きかけられたファウストは失明。
 メフィストは、手下にファウストの墓を掘らせます。そのツルハシの音は、目が見えないファウストにも聞こえてきました。
 しかしファウストは、それを開拓工事の音だと聞き誤り、新しい領地が人々を幸せすると感じます。このうえない喜びを感じたファウストは、ついに、「時間よ止まれ、おまえはいかにも美しい」と言うのです。
 そして、ファウストは絶命。賭に勝ったと考えたメフィストは、彼の魂を地獄へ連れ去ろうとします。しかし、天使達が天上から舞い降り、薔薇の花を撒いて悪魔を撃退し、ファウストの魂を昇天させます。天国から来たグレートヒェンの願いが聞き入れられたのです。


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