キング中毒者の告白(その1)
◇ 文句なく美しい少女、ベヴァリー・マーシュ
スティーブン・キングの最高傑作は、『IT』です。
主人公の小学生ベヴァリー・マーシュは、「文句なく美しい少女」。こうした単純な表現で「美しい」と言える少女は、本当に美しいに違いありません。
アイリッシュ・アメリカンの貧しい家庭の生まれ。勝気で義侠心が強く、勇気があって頭がよい。
アイリッシュ・アメリカンの見本のような彼女は、キングの全作品中で最も魅力的なヒロインです。彼女は、キングがこれまで描いた数千人を超えると思われる登場人物の中で、最も強い光を放っています(「あらゆる小説の登場人物の中で」と言いたいところですが、それは言いすぎというものでしょう)。
『IT』は、彼女の魅力に支えられています。
クライマックスは、地下の世界で魔物ITと対決する場面。
子供たちの唯一の武器はパチンコです。しかし、玉はもう尽きた。彼女は、玉のない紐を引き絞って魔物に立ち向かう。
小説の中には、「映画化してほしくない」と思うものがあります。イメージを壊されたくないからです。『IT』もその一つです。
ベヴァリーが玉のないパチンコで魔物と対面している場面など、映画では絶対に再現することができません。
◇『11/22/63』でベヴァリーに再会
ところで、彼女は、キングの小説『11/22/63』にも登場します。
主人公がタイムスリップして、1950年代のメイン州デリーに行く場面があります。デリーといえば、『IT』の舞台となったメイン州の町です(キングが作り出した架空の町)。
『IT』を思い出しながら読んでいると、何と、そこで「文句なく美しい少女」ベヴァリー・マーシュに出会うのです。
13歳の彼女は、同級生の男の子と、小さなピクニック・エリアでリンディホップ・ダンスの練習をしていました。
彼女の一挙手一投足が光り輝いています。それも当然。なにしろ彼女は、ITと戦い、それを撃退した直後だったのです。
「(私の名前は、)ベヴィ-・ベヴィ。リヴ・オン・ザ・レヴィ(住んでいるのは川の土手)」。
何という素晴らしい読者サービスでしょう!この場面を読んでいると、キングのファンは、眩暈して卒倒しそうになります。
ところで、何でこの場面が素晴らしいかというと、それは、魔物を退治した後、ベヴァリーがある行為をしたからです。
魔物を倒しはしたものの、帰り道、地下の暗闇、下水道の迷路の中で、子供たちは道に迷ってしまい、力尽きて、動けなくなってしまいます。
このときに男の子たちを力づけ、地上に戻る努力を復活させたのが、ベヴァリーの行為なのです。
「新約聖書に登場するマグダラのマリアの一側面を思い出させる」といってもよいでしょう。
これについて説明するのは、私の筆力では簡単なことではないので、別の機会に回したいと思います。
◇ 1963年11月3日の思い出
11/22/63というのは、第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディがテキサス州ダラスで暗殺された日です。
私自身のことについて述べさせていただくと、この日、大学院生だった私は、家庭教師に出かけるところでした。暗殺は、現地時間12時30分。日本とダラスとの時差は15時間なので、私が知ったのは23日朝のはずです。晴れた朝だった記憶があります。
その6年後、私は留学生としてアメリカに渡りました。
そして、キングが『11/22/63』で懐かしく描いたアメリカ社会ーー人々は親切で、他人を疑わない社会。しかし、他方では、工場の悪臭が漂い、南部諸州では厳然たる人種差別が残っていた社会ーーが、急速に過去のものになっていくのを見ました。
『11/22/63』には、タイムトラベルを利用して、主人公が、あるハンターの夫婦と少女とを災難から救うエピソードがあります。現実にはありえない話なのに、深く感動します。
◇ 世界の崩壊:ザ・スタンド
『ザ・スタンド』は、キングの代表作(一般には、これがキングの代表作とされています)。
軍が秘密兵器として開発していた(らしい)ウィルスが事故で漏れ出してしまい、アメリカ社会が崩壊してしまうというストーリーです。
物語の最初に出てくるテキサスの田舎町には、2つの工場があったのですが、アジアからの輸入品に押されて、一つは倒産し、もう一つは青息吐息。電卓工場で働いていた主人公は、失職してしまった、という設定になっています。
作品全体に終末論的な空気が重苦しく漂っています。この頃のアメリカには、ペシミスティックな空気が充満していました。
物語のクライマックスは、社会が崩壊していく過程です。それに比べると、後半はややダレ気味の感もあります。
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目次(その1)総論、歴史読み物
目次(その2)小説・随筆・詩集
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