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第4章 低賃金にあえぐ家計の実態   全文公開(その2)

■2 「総雇用者所得」が増えたのは女性や非正規の就業者数が増えたから

◆総雇用者所得は2018年に確かに増えた

 2019年の初めに毎月勤労統計調査の不正が発覚し、国会で実質賃金を巡る議論が行なわれた(第7章参照)。
 このとき、野党は「実質賃金の伸びはマイナスだから、アベノミクスは失敗した」とした。それに対して、安倍晋三首相は「総雇用者所得が増えているから、アベノミクスは効果を上げている」と主張した。
 以下では、「総雇用者所得」について説明しよう。
「総雇用者所得」とは、毎月勤労統計調査の1人当たり名目賃金(現金給与総額)に、労働力調査の非農林業雇用者数を乗じたものだ。この指標は、政府が毎月の景気情勢を分析している月例経済報告で用いられている。
 この推移を見ると、18年に急に増えたのは事実だ。名目で増えただけでなく、実質でも増えた。
 ただし、言うまでもないことだが、賃金と、それに雇用者数を乗じた総雇用者所得とは別の指標だ。

◆「総雇用者所得が増えたからよい」と言えるか?

 総雇用者所得が2018年に急に増えたのは、女性の非正規就業者数が増えたからだ。それによって平均賃金がむしろ押し下げられた。だから、総雇用者所得の増加は、望ましい結果をもたらさなかったことになる。
 野党は「実質賃金の下落が問題だ」と指摘しているのだから、それに対して「総雇用者所得を見れば増えている」と言っても、答えたことにはならない。議論はすれ違っている。
 問題は、18年に起きた現象をどのように解釈するかだ。
 以下で見るように、問題の本質は、女性や高齢者が増えているために賃金が下がることなのである。
 これは、後で見るように困窮度の高まりと解釈できる。したがって、望ましいことではない。事実、18年の実質消費はほとんど増えていない。

◆増えたのは就労者数で、女性の非正規雇用が増加

 総雇用者所得が増加している主たる原因は、就業者数が増加していることである。
 この状況を労働力調査で見ると、以下のとおりだ。
 まず、就業者数の対前年伸び率が2018年に急に上昇した。
 65歳以上はもともと伸び率が高かった。
 18年に大きな変化が見られたのは、図表4-5に示すように「女性」だ。それまで対前年比1.5~2%の増加だったのが、2%を超える高い伸びになった。
 これが、18年に雇用者総所得の伸び率が急に高まった原因である。

図表4-5

◆女性の就業者が急に増えたのは配偶者特別控除の拡充のため

 就業者数の伸び率が高まったことで、賃金にどのような影響を与えるかを見るために、正規・非正規の区別で見よう。
 図表4-6に示されているように、増えたのは非正規である。

図表4-6

 正規と非正規で2015年以降、伸び率に傾向的な差は見られなかったが、18年には非正規の就業率が顕著に上回った。
 このように、18年は他の年に比べて、女性の就業者と非正規就業者が急に増えたのである(これらは重なっている。つまり、女性の非正規就業者が増えたのだ)。
 ところが、この賃金は、平均より低い。したがって、平均賃金が下落したのである。
 女性の就業者が18年に急に増えたのはなぜだろうか?
 これは、配偶者特別控除の改正によると考えられる。
 所得税において、配偶者の収入が103万円以下の場合は「配偶者控除」が適用され、103万~150万円の場合は「配偶者特別控除」が適用される。
「配偶者特別控除」は、配偶者控除が受けられる人と受けられない人の差が、急に生じてしまうことを補正するための控除だ。
「配偶者控除」は控除額が38万円だが、「配偶者特別控除」は、配偶者の収入が上がるほど控除額が減っていき、上限額を超えると控除額が0円になる(控除を受ける納税者の年収が900万円以下の場合)。
 18年分からは、控除を受けられる上限が年収201万円までに引き上げられ、「103万~150万円」の範囲の「配偶者特別控除」の金額が、配偶者控除と同じ「38万円」になることとされた。これまで「103万円の壁」と言われていたものが、「150万円の壁」になったのである。
 この措置は、女性の雇用を促進したと考えられる。
 ただし、38万円の特別控除が受けられるのは年収が150万円までであるし、年収201万円超は特別控除がゼロになるので、この措置が促進したのは、パートなどの非正規雇用だったと考えられる。
 これが、女性就業率の上昇をもたらしたのだ。そして、これは賃金の低い非正規雇用を増加させたために、平均賃金を押し下げたのである。これが重要なことである。
 なお、女性就業者数の伸び率の高まりは、今後、施策がさらに拡充されなければ、18年の1回限りの現象であることに注意する必要がある。

◆実質消費が増えないことこそがアベノミクスの問題

 賃金が上昇しなくとも、賃金所得の総額は増えたのだから、マクロで見た消費の総額は増えてしかるべきだ。ところが、GDP統計を見ると、そうなっていないのである。
 実質家計消費支出の対前年同期比を2018年について見ると、1~3月期で0.33%の増、4~6月期で0.0001%の減、7~9月期で0.6%の増と、ほとんど前年と変わっていない。
 中期的に見ると、14年4月の消費税増税の前に駆け込み需要で増え、増税後にその反動で減ったという変化があっただけで、ほとんど変わらない。それどころか、18年7~9月期を13年の7~9月期と比べると、0.43%の減少となっている。
 問題は、このように実質消費がほとんど増えていない(あるいは減少している)ということなのだ。
 なぜこうなるのか?
「この数年は賃金が上昇しないから、配偶者特別控除の引き上げに対応して、女性が働きに出た。しかし、やはり十分な所得が得られないので、消費を増やさず、貯蓄を増やた」ということが考えられる。
 いまひとつ考えられるのは、非正規就業者は世帯主の配偶者とは限らず、世帯主自身が非正規就業者になっている場合があることだ。従来は正規従業者であった世帯主が非正規になった場合には、世帯の収入はむしろ減ることになる(実際、後で述べるように、世帯主の収入の伸び率は低い)。
 なお、世帯主も配偶者も正規という世帯もあるだろう。そのような世帯の収入は多い。しかし、他方で、世帯主も配偶者も非正規という世帯もあるのだ。そうした世帯の収入は少ない。これが現実の姿であるとすれば、世帯間の収入格差は、平均値で見る正規・非正規の収入の差より大きいわけだ。

◆世帯主の収入が伸びないので配偶者が働く

 家計調査によれば、2人以上の世帯のうち、勤労者世帯の1カ月当たりの経常収入は、第二次安倍政権が始まった2012年から18年の間に7.8%増加したが、世帯主の収入は3.8%増加したにすぎない。それに対して、世帯主の配偶者の収入は22.2%増加した。
 このことは、前項で述べたような姿(世帯主にも非正規がいる)が現実的であることを示唆している。
 世帯主の収入の伸びが3%程度しかないので、主婦がパートで働く。しかし、低賃金だから、貯蓄が増えるだけで消費は増えない。
 家計の状況は好転していないから、消費が増加しないのである。そして、このことこそが、日本経済の最大の問題であり、アベノミクスが効果をもたらしていないことの何よりの証拠だ。
 この点をこそ、問題にすべきである。

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