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貧乏サラリーマンが見た世界367

今年66歳になる。日本では年齢差別により65歳となると問答無用で退職させる大企業社会から放逐された爺いである。現役時代は長く海外に駐在や出張し、山あり谷ありのサラリーマン人生だったが、三階建て(厚生・企業・個人)でも年金だけでは勿論、現役並みの生活はあり得ず、特にこれといった趣味もないので、現役時代付き合いの濃かった外資3社から仕事がないならと声が掛かり、足下も見られ雀の涙のような報酬ながらノマドワーク且つ裁量時間制ならと押し返し、顧問として働いている。日本もデフレからインフレに経済情勢が一転しており、正直、顧問料で一息ついている。資本主義社会においては労働者はいくら働いても貧乏からは脱け出せないが、家に引きこもるよりは良いかと考え、働いているのだ。ただ高齢者でも働けば容赦なく税金を取られるので政治家には脱税を許す国税庁の国会答弁を聞くにつけ気分は本当に良くない。そうは言っても、とにかく1時間1円でも自ら稼ぐことが大事だと自らを奮い立たせて元気なら働くしかないと決断した。自分の持つ知見、ネットワークを活かすことなら何の準備もいらず、新たに一から学ぶ必要もないのだから、1円を10円、さらには100円にと自分の仕事を認めさせていけば良いだけだと割り切ったわけだ。現在は漸く派遣労働者には追いついて来た感じだ。確かに自分は貧困ではないし、貧乏でもないだろうという向きもあると思うが、自分が属して来た業界サークルにおいては相対的に貧乏も貧乏、いや彼らに比べるとその格差からして貧困に近い。現在はほとんど自分ではお金を使っていないというか、現役時代のような生活を送るとなるとその生活を支えるお金を稼いでいないので、収入に合わせたトカ田舎の慎ましい生活を送っている。これが当たり前の老後生活だと割り切っても良いのだが、働く動機はやはり、貧乏生活を一発逆転するためのサラリーマン平均年収の10倍にもなる外資の成功報酬ボーナスがあるからだ。それでも大谷選手には月とスッポン以上に遥かに遠く及ばず、笹生選手にも全然及ばない。スポーツの天才達に人間として劣るとは思わないが、庶民を夢中にさせるスポーツの世界における天才達の経済的価値は高いのだ。今年も今月で半分経過する。そろそろターゲットを定めて案件の具体化を計らなければならない。また成功の可能性が高いと会社側に認めさせ、予算も得て海外に出張っていく必要も出て来るのでハードルも高い。とにかく市場においていまだに価値があることを証明しなければ、来年以降の報酬もない。何の取柄も資本もない凡才に過ぎない高齢の労働者には過酷な世の中ではあるが、自分の出来ることをやりたいようにやるしかない。チャンスがあるだけ幸せな境遇であり、駄目で元々、駄目ならトカ田舎で清貧生活を送る覚悟さえすれば良いだけである。

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