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朝、黄丹色というより生成色

未だ夜のよう。日が出る前の凍える朝。澄み切った空気は凛と張り、満月がさほど高くない位置で煌々と夜を残す。
朝刊を取りに郵便受けへ向かう僕はその月を見る。
また朝が来た。
昨日使い古した頭はすっきりとクリアになり、空白の頭は肢体に活力を呼び起こす。
これから起きんとする大地も「シーン」という音を響かせ、漆黒の空の麓(ふもと)に朝日を隠す。
遠くでホルンがそろりそろりと鳴り出すよう。マーラーの第9番が始まるぞ。
さあ、急ごう。

いつもの犬の散歩のおじさんがもう角を曲がっている。僕が30秒ほど遅れているのか。駅への脚取りを上げながら昨日の成果を誦(そらん)じてみる。電車に乗ったらすぐに見直そう。
いつの間に空の下に黄丹色(おうにいろ)、というより生成色(きなりいろ)が増えてきた。電車に乗る頃には、もう出るぞ。

いつもの車内はゆったりと。人と人とは間隔を確保しあっている。
力を貯めているのか、数分だけでも寝ていたいのか、大人達は静かに目を閉じている。
僕ら学生の半分は口を開け首を捻(ひね)り家のソファで寝落ちしている姿そのまま電車でオネンネ。残り半分は参考書。
僕も参考書組かと思いきや、だんだん落ち着かなくなってきた。次の駅でいつものあの子が乗ってくるから。

電車が徐々に速度を下げる、扉の窓からホームに並ぶ乗客が過ぎるのが見える、ゆっくり過ぎる、あの子が見えた、止まった、ほら当たりだ!見事にこの車両のこの扉、そして僕の対角線の扉の横に立つ。
部活引退後、元の色白に戻りつつあるあの手で持つのはラケットに代わり参考書。
がんばれっ!
がんばろう!

トさっきから視界の端にあった違和感に気づいた。
一人の大男が窮屈に座っている。


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