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種苗法改正とその影響

令和2年3月3日に国会に提出された「種苗法の一部を改正する法律案」について、女優の柴咲コウさんがツイッターで批判を行ったことから種苗法改正がネット上で話題になっています。

第201回国会(令和2年 常会)提出法律案
https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/index.html

ネット上では「日本の農家を窮地に立たせる」「日本の農業が破綻する」「新型コロナウイルスの感染拡大のどさくさに紛れて重要法案を国会で通そうとしている」などといった強い口調が目立ちますね。

今回はこの種苗法の改正について取り上げたいと思います。


種苗法とは

種苗法(しゅびょうほう)は、植物の新品種の創作を保護について定めた法律。現在の種苗法は、植物の新品種の保護に関する国際条約(略称:UPOV条約)に基づいて旧種苗法を改正したものです。

種苗法で付与される権利(育成者権)は、特許法で付与される特許権などと同様な知的財産権であり、権利の形態も特許権などと類似しています。

植物の新品種を育成した者またはその承継人は、「育成者」として品種登録出願を行うことができます。

出願を行っただけでは育成者権は発生せず、農林水産省による審査を受ける必要があります。

この審査は、出願された品種に育成者権を与えて良いか否かを判断するものであり、育成者権が与えられるためには、少なくとも以下の要件を満たす必要があります(種苗法3条,4条,11条)。

①区別性:
品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること。つまり、出願時点で新しい品種しか登録できません。ただし、UPOV条約の締約国で外国出願し、その翌日から1年以内に日本に出願した場合には、この外国出願時点で新しければよいことになります(優先権)。

均一性
同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること。つまり、個体差が大きい品種は登録できません。

安定性
繰り返し繁殖させた後においても特性の全部が変化しないこと。つまり、繁殖させて変化するような品種は登録できません。

④未譲渡性:
日本国内において品種登録出願の日から1年さかのぼった日前に、
外国において当該品種登録出願の日から4年(永年性植物は6年)さかのぼった日前に、
業として譲渡されていないこと。ただし、試験若しくは研究のため又は育成者の意に反する場合を除く。

⑤名称の適切性:
出願品種の名称が既存品種や登録商標と紛らわしいものでないこと

この審査で育成者権を与えて良いと判断された場合、登録によって育成者権が発生します。一方、育成者権を与えるべきではないと拒絶された場合には育成者権は発生しません。

育成者権は、毎年登録料を支払うことで、品種登録の日から25年(永年性植物では30年)存続させることが可能です(同法19条)。

育成者権者は、登録品種及びそれと特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を占有します。

これにより、育成者権者は、正当利用者に登録品種の利用許諾を行って利用料を得たり、不正利用者の侵害行為に損害賠償などの民事上の責任請求を行ったりできます。

また、故意に侵害行為を行った不正利用者には刑事罰も科されます(同法20条,33~39条,67条)。

図1

ただし、この育成者権の効力は、そもそも登録されていない在来種や、登録されていたものの登録料が支払われずに登録が取消された品種、品種登録の日から25年(永年性植物では30年)経過した品種(これらを「一般品種」といいます)には及びません。

一般品種には、そもそも育成者権が存在しないので、その効力もありません。当然ですね。

農林水産省の「種苗法の一部を改正する法律案について」によると、我が国の農作物のほとんどが一般品種に該当します。

図2

農林水産省:種苗法の一部を改正する法律案について
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/shubyoho.html

すなわち、育成者権で保護されている品種(登録品種)はごく一部であり、大部分の農作物は誰でも自由競争のもとで生産・販売できる品種になります。

さらに、登録品種であっても、いくつかの行為には育成者権の効力が及びません(同法21条)。その行為の一つが農業者による「自家増殖」です。

自家増殖とは、農業者が正規に購入した登録品種の収穫物の一部を次期作用の種苗として使用することをいいます。

現在の種苗法では、たとえ登録品種であっても、農業者による自家増殖には育成者権は及ばず、農業者が収穫物の一部を次期作用の種苗に利用できます。

ただし、農林水産省令で定める「栄養繁殖植物」は自家増殖であっても育成者権が及びます(同条2項,3項)。

種苗法21条

2. 農業を営む者で政令で定めるものが、最初に育成者権者、専用利用権者又は通常利用権者により譲渡された登録品種、登録品種と特性により明確に区別されない品種及び登録品種に係る前条第二項各号に掲げる品種(以下「登録品種等」と総称する。)の種苗を用いて収穫物を得、その収穫物を自己の農業経営において更に種苗として用いる場合には、育成者権の効力は、その更に用いた種苗、これを用いて得た収穫物及びその収穫物に係る加工品には及ばない。ただし、契約で別段の定めをした場合は、この限りでない。
3. 前項の規定は、農林水産省令で定める栄養繁殖をする植物に属する品種の種苗を用いる場合は、適用しない。


種苗法の改正内容

今回、この種苗法の改正案が国会に提出されました。

改正案は数年前から検討が重ねられてきたものですが、その改正背景は以下のようになります。

(1)近年、我が国の優良品種が海外に流出し、他国で増産され第三国に輸出される等、我が国からの輸出をはじめ、我が国の農林水産業の発展に支障が生じる事態が生じている。

(2)さらに、育成者権侵害の立証には、品種登録時の種苗との比較栽培が必要とされる判決が出るなど、育成者権の活用しづらさが顕在化している。

種苗法の一部を改正する法律案の概要
https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/attach/pdf/index-38.pdf


今回の種苗法改正では、上記の(1)(2)の問題の解決を目指したものですが、ネットで話題になっているのは(1)の問題に関する改正部分、特に農業者による「自家増殖」に育成者権の効力が及ばないとする例外規定の廃止です(同条2項,3項)。

(1)の問題と言えば、2018年に韓国の平昌(ピョンチャン)で行われた冬季オリンピックのカーリング女子日本代表選手たちの「そだねー」という言葉や、ハーフタイムにイチゴなどを頬張る「もぐもぐタイム」が話題になりました。

実際に選手達が食べていたイチゴの品種は不明ですが、韓国で最も栽培されているイチゴ品種「雪香」は、日本で登録されていた品種「章姫」「レッドパール」が知らない間に不正に韓国に持ち出され、韓国で掛け合わされて生まれた品種。そこから韓国だけではなく、アジア各国に輸出されるに至っています。こんなことも話題になったかと思います。

2017年に農林水産省が発表した「農林水産省における知的財産に係る取組」によると、これによる日本産いちごの輸出機会の損失は5年で最大220億円と試算されています。

図3

農林水産省「農林水産省における知的財産に係る取組(平成29年12月)」から引用
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2018/sangyou/dai2/siryou3-3.pdf

このように登録品種が海外に流出し、他国で増産され第三国に輸出されることで、本来、日本の農業者が販売できるはずであった市場を喪失していた訳です。

今回の法改正案での自家増殖に関する例外規定の廃止は、このような市場喪失の抑止を狙うものです。

すなわち、現在の種苗法でも、自家増殖された登録品種の種苗を海外に持ち出すことは違法ですが(同法2条5項,20条)、自家増殖されている登録品種の実体を全て把握することはほぼ不可能であるため、実際には登録品種の種苗の海外持ち出しを十分に抑止できていません。

今回の自家増殖に関する例外規定の廃止は、登録品種の自家増殖を育成者権の許諾によってのみ行えるようにし、農業者によって自家増殖されている登録品種の実体の把握を可能にし、それによって登録品種の種苗の不正な海外持ち出しを抑止することを目的としています。

図4

農林水産省食料産業局「種苗法の一部を改正する法律案について」から引用
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-2.pdf


種苗法改正の影響

まず、育成者権が存在しない一般品種については、今回の種苗法の改正は何の影響もありません。

また、これから新たに品種登録を受けるためには、少なくとも前述の「①区別性」を満たす必要があるので、出願時点で新しい品種しか登録できません。

優先権を主張できる場合であっても、日本での出願日から1年前以降に締約国で出願されたものに限られます。

そのため、農業者がこれまで生産して市場に流通していた一般品種が新たに登録品種になる可能性は極めて低いと思われます。


種苗法改正で影響があるのは、これまで自家増殖が許されてきた登録品種です。

日本の農業全体をマクロに見た場合のメリットとしては、日本から海外への優良な登録品種の不正漏洩の抑止が可能になり、不正漏洩した日本の種苗、すなわち知的財産に基づいて海外の農業者が不正に利益を得ることを抑制できるといったところでしょうか。

このような市場は本来、優良な登録品種を開発した日本の育成者が利益を得るべきものであり、そのような輸出機会の喪失を抑止できるのは大きなメリットだと思います。

すなわち、農業のグローバル化の中、優良な新品種を開発して、その知的財産権を種苗法で保護し、日本国内だけではなく海外市場へも日本の高級・優良な農作物を売り込んでいく者を不正な海外勢から守り、日本の新しい農業を育てていくことにつながるでしょう。

一方、改正によるディメリットは、これまで登録品種の自家増殖の例外規定の下で登録品種の種苗を得て農作物を育てていた農業者が、自家増殖のたびに育成者の許諾を得なければならず、その際に利用料の支払いも要求されて経営が圧迫されてしまうことです。

全体に占める登録品種の割合が小さいといっても、上述の農業のグローバル化を下支えするのは、優良な登録品種を実際に育てる農業者な訳ですから、農業者の経営を圧迫したのでは、目標である農業のグローバル化の障害にもなるでしょう。

自家増殖のたびに育成者の許諾を得る仕組みはよいとしても、その際の利用料については何等かの配慮が必要ではないでしょうか。


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

弁理士 中村幸雄
https://yukio-nakamura.com/

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