幸乃と浪曲10

前回の話はこちら↓


修行期間は師匠の方針によって決まります。
関西では落語家さんも一年だったり、三年の人もいれば五年以上の人もいるようです。入門直後から師匠に「うちは修行は三年や」と言われていました。私が入門したのが二〇一八年九月。ですから二〇二一年九月で三年が経つのです。
入門から一年半ほど経ってようやくお手伝いの仕方も覚えてきた頃、コロナ禍がやってきました。二〇二〇年の始め頃は武漢の報道を聞いてもまだどこか他人事でした。しかし三月の国立文楽劇場「浪曲名人会」(師匠出演)の中止が決まり、それから立て続けに様々な浪曲会が延期になっていきました。当初は半年ほどすれば収まるだろうと「延期」という形にすることも多かったのですが、増え続ける感染者数のために「中止」に変わっていきました。我々にとっては仕事ですが、お客様にとっては娯楽ですから、不要不急の外出自粛となると中止さぜるを得ません。緊急事態宣言が解除されて、どうにか感染予防対策をして開催するも来場者数はなかなか元には戻りません。特に一心寺寄席は毎月開催していることもあり、コロナ前との差がはっきりとわかりました。会場の人数制限も設けなくてはならず、椅子の数も今までの半分以下に減らすことになりました。わざわざ足を運んでいただいたのに「満席で入れません」とお断りすることもありました。こんな状況下にも関わらず来てくださったお客様にお断りしなくちゃいけないのは本当に辛かったです。そして、浪曲は良いタイミングで掛け声をかけていただくことで会場全体が盛り上がるものですが、それも感染予防のためご遠慮いただくことになりました。日々、咳や会場内で喋ることに関しても敏感になっていました。
元に戻る目処が立たないということは、まさにお先真っ暗な状態でした。そんな状況も影響しているのか、私と同じく入門したばかりの先輩や後輩が浪曲界を去っていきました。入門したての芸人は仕事もなく、舞台の手伝いをして勉強するしかできないのに、生の師匠方の舞台も中止ばかり。もはや芸人としてスタートする準備すら許されない。そんな雰囲気でした。
私が一つだけ運が良かったことと言えば、補助金や給付金の申請のしくみに詳しくなれたことでしょうか。というのも、以前会計事務所で働いていたために確定申告や経理のことが少しわかるのです。子供の頃から芸の道に励んでいるような方の境遇が羨ましくて羨ましくて、大人になって会社員も経験してからの遅い入門だった私はそれがコンプレックスでもあったのですが、まさかその経験が役立つときが来るとは思いませんでした。
申請には確定申告の書類等をよく使うため、師匠や先輩方から申請書類や申請時のパソコン操作について質問を受けることもよくありました。舞台が中止で手伝いすらできない状況でも、浪曲界の皆さんと関わることができて多少なりとも役に立てることができて、それが私にとって心の支えとなりました。
しかし、これがきっかけで協会の一部の師匠方の間で「幸乃はパソコンにも税金にも詳しい」と言われるようになり、いつの間にか「幸乃はスマホも詳しい」「機械のことならなんでも幸乃に聞け」と、どんどん話が大きくなり、恵子師匠がラジオ局の若い男性スタッフさん方に「幸乃ちゃんはガジェットも詳しいから!なんでも聞いて!」と話しているのを聞いた時にはさすがに笑ってしまいました。(全然詳しくはないですが、なんだか嬉しかったです。)
もう一つ驚いたことと言えば、コロナ禍のせいで、海原はるかかなた師匠がフーッと息を吹きかけて相方の髪をフワッと浮かせる定番のあれができなくなったということでした。扇子を持ってパタパタ扇いでおられました。コロナはこんなところにまで影響を及ぼすのかと思うとなんだか勝手に悔しくなりました。
コロナ禍の話がだいぶ長くなりましたが、三年の修行期間はコロナ禍のうちにあっけなく終わりそうになりました。しかし中止ばかりでお手伝いする機会も、生の舞台を勉強する機会も少なく、お稽古をつけてもらう回数も減り、なんだかこのままぼんやり修行が終わってしまうのかと不安でした。その話を初月師匠にすると「修行期間延長してくださいってお願いしてみたら」と言ってくれて、幸太兄さんも「もし師匠に言い出しづらいなら、自分が代わりに言いましょうか」と言ってくれました。私のためを思って考えてくれたのかと思うと胸が熱くなりました。(もしかしたら、そんな低レベルのまま修行終えたらあかんやろということかもしれませんが)「ありがとうございます、自分から師匠に相談してみます」と言って師匠にも思いを伝えました。師匠は「えー、来年も俺が会費払わなあかんの」と笑っていましたが(なんと、うちの師匠は浪曲親友協会の年会費を、修行期間中の弟子の分まで払ってくれるのです)「会費はもちろん次回から自分で払いますので!お願いします!」と言って、師匠にも受け入れていただきました。こうして私の修行期間は四年間になったのでした。
ちなみに、今年の六月に年会費を払う時期がきて、約束通り今年から自分で払うつもりでしたが、なんと今年も師匠が払ってくださいました!ラッキー!
まぁ実際はラッキーと言ってる場合ではなく、少しでも恩返しできるようにがんばろうと思います。

<次回に続く>

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