棘の形

どこかしこで散発的な戦闘音が聞こえる。

「状況を説明しろ、簡潔にだ。」


最早人が住んでいた形跡など残っていない市街地を走り抜けながら、彼…ソーンズは自身のオペレーターへとそう呟いた。


「はいはーい、敵は現在B1区画からC2区画へ移動中。うーん、僕の見立てだと後180秒後に接敵だねぇ。」


先とは対照的な、気の抜けたような声が通信機越しに聴こえ、思わず眉を顰める。


「…」
「あ!今、うるさいとか思ったでしょ!今のはオペレーションとして必要な情報だったと思うけど!?」
「…そういうところが不必要だ。」


アーツによる無差別な爆発と、不愉快極まりない火炎瓶の臭気を振り払い、彼はきっかり180秒後にレユニオンの小隊と接敵した。
(俺が速度を上げることを考慮しての接敵時間…)
ふ、と口角が上がるのが分かった。直後、再び通信機が鳴り響く。


「くるよ!ソーンズ!敵はえーっと…ブッチャーだ!そうだブッチャー部隊が前方に展開。後方に…上級術師!?こんな離れの小隊に配置する兵士かなぁ!?こ
「了解、即時、敵を殲滅する」


緊張感のない通信を切り、ソーンズは敵陣へと駆け出した。ブッチャーのその巨体は瞬く間に毒で侵され地面へと倒れ伏し、狼狽えた上級術師達はアーツの発動すら許されぬまま一人残らず斬り捨てられた。

「任務完了だ。」

剣に付いた血を払いながら短くそう呟いた。

余分を削ぎ落とし、最小の手段で最大の戦果を挙げる。それこそがまさに彼の最も得意とする戦い方であった。


「いやぁ、圧巻だねぇ。あの人数をたった一人で殲滅とはいつもながら恐れ入るよ!まぁ、僕の的確なオペレーションのおかげも多分にあるだろうけどね?」


(お前の手柄ではないだろう)
とソーンズは一瞬考えたが、彼…エリジウムには何を言っても無駄である。わざわざ口に出すこともない。そんなやりとりをしていると


「お疲れソーンズ。エリジウムもサポートありがとう。別働で遊撃してくれたおかげで戦局を切り開くことができた。」


と、黒ずくめのフードの男が声をかけてきた。この見るからに怪しい男は現在、ソーンズとエリジウムが所属している組織「ロドス・アイランド」の最高責任者の一人にして、軍事戦略統括主任【ドクター】であった。彼を見るなりエリジウムは人懐こい笑顔で駆け寄ってゆく。


「いやぁ、それほどでもあるかな。でも、君も僕たちが確実に任務を遂行すると想定しての作戦指揮だろ?信頼されてるなぁ、ねぇブラザー?」


たしかにエリジウムの言う通りである。今回の作戦は俺たちの遊撃が成功することが前提で進められていた。最初の索敵報告ではたしか大したことのない雑魚の集まりであった。が、それにも関わらずこの男はわざわざ俺とエリジウムを指定した。結果、索敵報告とはかけ離れた混成部隊が待ち構えていたわけだが…一体この男には何が見えていたのか…底の知れない男だとソーンズは感じた。



「じゃあ、ソーンズ。これからどうしようか?僕としてはそうだなぁ…食堂に新しいスイーツが増えたらしいよ?どうだい、たまには息抜きでも。」
「…ひと時も静かにできないのか。お前は。」


任務を終えた彼らは艦に戻り、しばしの休息をとっていた。全くこの男の口はどこまで回るのか。いつまで経っても数が減らないその口には何か隠された秘密でもあるのかと、彼は半ば本気で思い始めていた。そんなソーンズの顔をエリジウムはにやにやしながら覗き込む。


「…なんだ。」
「いや、どこに行くのかなぁ!ってね。」


言われて、自分が食堂へと向かっていることに気が付く。


「やっぱり君も気になってるんじゃないか。素直じゃないなぁ!」

「…腹が減れば効率が落ちる。糖分の補給は…脳の休息には必要だ。」

何故、俺が言い訳じみたことを言わなければならないのか。いつも気が付けばこの男のペースに乗せられている気がして…不思議と不快ではなかった。

「じゃあ僕はストロベリーにしようかな!今回のスイーツはあのセイロンお嬢様が企画したらしいよ。僕はシエスタに行けなかったからなぁ、楽しみだよ!」

そんなことを言いながら二人は食堂へと向かう。性格も己に課せられた役割も違うチグハグな二人だが、その歩幅はいつまでも同じであった。

…スイーツの個数限定の文字を見るまでは。

棘の形 了








照明の落とされた部屋、一見乱雑ながら無駄なものが一つとしてない奇妙な一室に彼らはいた

「ドクター、ひとつ問いたい。何故君は事前の報告からは明らかな過剰戦力であったあの二人を指名した?何か根拠があったのか?」

女が問いかける。その声は僅かながら不満の色を帯びていた。

「…そんな大したことじゃないよ、ケルシー。」

ドクターが暗闇を指すと、そこにはふん、と不満そうに鼻を鳴らす少女が立っていた。

「なるほど、レユニオンの考える事はお見通しという訳か。合点がいったよ。」

俺も聞かされたのはギリギリだったけどな、とドクターは肩をすくめた。

「じゃあ俺はそろそろ戻るよ、君も根を詰めすぎないように、ケルシー。」

そう言いドクターと少女は部屋を後にする。

独り残された彼女は思わず呟いた。

「…君が私の心配とはな…ドクター、君は一体"どっち"なんだ…?」

ふいに漏れたその言葉は、答えも待たずに闇へと消えていった。





「そうだ、知ってるかW。食堂で新作のスイーツが出たみたいだぞ。一緒にどうだ?」

「うっさい!!」


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