毒親からの解放ストーリー (35)

 神奈川県の実家から徳島へ帰ると、早速大志は熱海の実家へ行く日取りを決めた。大志は、ユリと彼女の母みどりとの関係を観察して、早くユリをあの家から助け出してあげたいと思ったからだ。何故だかわからないが、みどりがユリに対する態度は冷淡なだけでなく、悪意を感じたので一刻も早く結婚をして、ユリを自分の家族の一員として迎える必要性感じたのだ。

 熱海で、大志の家族の顔合わせでは、父も母も二人の結婚を認め、歓迎した。
結婚後暫くは徳島の病院で二人はそれぞれの診療科で研修をしなくてはならない。それが終わった後に、熱海に戻るといった方向で話が進んだ。その時には当然熱海の実家近くに新居を構える運びとなる。

 そして両家への挨拶の半年後、熱海の老舗旅館で結納の日を迎えた。結納の席では、ユリの家族の中で常に支配者であり暴君であり続けている母のみどりは、大志の母親の貫禄に押されてか、必要以上に腰を低くしていて、気味が悪いくらいだ。いつもはユリのことを人前で恥をかかせようとして、常に厳しい目で追っている母のみどりが、今日は大志の母美智子に愛想笑いをしている。こんなみどりを見るにつれて、ユリは内心、おかしくてたまらなかった。ユリもつい白い歯がこぼれてしまうのだった。

 外からユリの家族を眺めたら、めでたい日だから、家族全員が笑顔なのだと、思っただろう。しかしそうではない。毒親のみどりが、一日だけ毒を吐けない姿が、ユリには滑稽で仕方なかっただけだ。結局のところ、私の戸籍上の母親というのは、精神的に幼くて、強いものにはペコペコし、弱者と勝手に決めつけた相手、つまり少しくらい虐めても反撃に出てこないような人には徹底的痛めつける人間なのだろう。

 こういう人間の頭の中は単純思考で出来ているので、今の状態でしか物事を考えることが出来ない。しかし人間というもの常に、精神的、肉体的に変化するものだ。これを成長と言う。

 例えばみどりは子供の私をストレス発散の道具のように扱っていた。おかげで、私が成長していく過程で、他の家庭の母親と比較をし、社会的に常識といわれる知識を身に着けたことで、母親に対する不信感や、世の中の不条理さえも、身をもって感じたのだ。
 ちょうど成長期でもあった私は、背丈も母を超えた。つまり精神的にも身体的にも母親を超えたのだ。だから熟慮して、誰からも文句を言われないような逃道を探した。

 今まさに母の届かない場所に到達するところだ。この時、父が口癖のように言っていた言葉を思い出す。
「ユリ、お前が医学部に合格して医者になったら患者さん達より強い立場になるのだから、どのような患者にでも一段低い場所から診なくてはいけないよ。若い人は特に将来が大きく変化するのだから、若いからと言って、馬鹿にした態度や、ぞんざいな扱いをしてはいけないのだよ」
 これをいつも頭に刻みながらこれからも患者さんと一緒に病気と闘っていきたいと思っている。こうして結納を無事に済ますことが出来た。

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