毒親からの解放ストーリー (30)
私は自分史を一年がかりでようやく書き上げた。書いているうちに、母とのやり取りの全てを、母からの虐待だったと思えるようになった。書きながら当時を思い出して怒りに震えたり、呼吸が苦しくなったり、フラッシュバックに怯えたりしながらの作業だった。
しかし記憶を遡って書き進むうちに、母の私への虐め、いたぶりは、彼女が本来持っている邪悪な性格が、私のような少し内気で、相手の言うままを何の疑いも無く受け入れてしまうような子にぶつけ易かったのだろう。
だから母の暴言、暴力は加速していったに違いない。
もしも私が暴力を受けるたびに、母に死に物狂いで向かっていくような子供だったらどうなっていたのだろうか。
何故そういうことをするのかを全力で問い詰めるような子供だったら、母と娘の関係も少しは変わっていたかもしれない。でもその時には母に抵抗をするという考えは全く無かったのだ。
しかし私が知識を身に着けるようになって、母を見る視点が変わったことは、自分にとって大きな力となり、今の私を作ったと言える。私は以前の臆病な人間ではない。知識は私に鎧を着せてくれたのだ。素手で相手に立ち向かうことなどできるわけはないのだから。
自分史を書くうちに、心が堅く強くなっていくのが感じられた。
それには、田中先輩の存在が大きかった。
母からの虐待を、自分で無意識的に閉じ込めてしまった事を意識の世界に引っ張り出すということは、苦しい作業だった。でもこの作業をしない限り、母との訣別はないだろう。
だから書いているうちに、辛くて気を失うように眠ってしまうことがあった。そんな時は夢の中で、彼が泣いている私の背中を優しくトントンしてくれたこともあった。それは私に対しての励ましであったのだろう。また別の夢の中では、暗いモヤのかかった道を一人で歩いて迷っている私に指をさして、出口を教えてくれたりもした。
そしていつしか田中先輩は私の中で特別な異性になっていった。
母の姿を目で追いかけていた私が、今は気がつくと、田中先輩を目で追いかけていた。母の影はどんどん薄くなり、代わりに先輩の姿が私の頭を支配していった。
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