毒親からの解放ストーリー (27)

 どんよりとした雨上がりの、ムッとした空気に包まれながら学食の前の広場を、足早に歩いていた私は、白衣を着た先輩とばったり出会った。
「最近部活に来て無いみたいだけど、何か嫌な事でもあった?」
「何も無いです。ただ書く事に疲れてしまったのです」
「どうして書く事に疲れたの?部に入ってまだ幾らも経って無いよね。他に何か理由でもあるのかな?」
 と優しく声を掛けてくれた。

 『母親が毒親なのに、ホームシックになってしまった自分が理解できない。おまけに家族の話を書いていたら急に母の暴力や暴言が蘇って、そのトラウマに悩まされている』 
とは口が裂けても言えやしない。
 だから私はその質問に黙るしか無かった。こんなことを言ったら他の人からは変な奴と思われるのがオチだろう。
「取り敢えず今日は君の顔が見る事が出来てチョット安心したよ」
 それから先輩と、とりとめのない立ち話しをして別れた。
 
 私は今まで友達と歌手や人気タレントなどの話をほとんどした経験が無かった。小学校に上がってからは、学校から直ぐに帰らなくてはならなかったし、母の言いつけだけを聞かなければならなかった。それは母に従ってさえいれば、罵声を浴びるたり、叩かれる事が少なくなるからだ。
だから自分で何かを考えて、何かをしようと思う事はやめにしたのだ。
 
 しかしここでは自分で考える事が要求されるし、生活する為に他人とスムーズなやり取りをしなくてはならない。そうする事は私にとって、とても難しい事なのだ。
今度田中先輩にそれとなく自分の事を話してみようかなと思った。

 数日後私は文芸部に顔を出してみた。そこには田中先輩の姿があった。
「久日ぶりだね、元気だった?」
「ええ、どうにか」
 何か気恥ずかしくて、小さな声でしか言えなかった。
おまけに、顔が熱くなるのがわかった。

 それでも母との関係について、どうしても先輩に相談したかったので、部活に参加して(と言っても、ただ部員のお喋りを聞いていただけだ)それが終わるのを待っていた。
 田中先輩が帰るのを見て、すぐ後ろに付いて歩いていた。   
「何か僕に話したい事があるの?」
「ハイ、お時間ありますか?」
「これから、家庭教師のバイトがあるけど、三十分位ならいいよ」
「分りました。それでは少しだけお時間をください」
 そう言って、二人は学食のテーブルに座った。
「実は母のことでわからない事があるのです。
母の事を思たり、考えたりすると何か落ち着かなくなって心臓がドキドキしたりして、どうにもならなくなってしまうのです。これって変ですよね」
 先輩は黙って考え込んでいながら、私の顔を見ていた。私は何かを言わなければと焦ってしまい、口の中が乾いて、舌が回らなくなって、上手く話せなかった。

「わかった、この件を僕に話すには、きっと時間が掛かるだろうから、日を改めてからにしよう。来週ならバイトの日を替えてもらえるから、来週のこの時間にここで待っているよ。それじゃあ行かないと```」
 そう言うと先輩は早足に行ってしまった。

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