雪乃紗衣著『エンドオブスカイ』を哲学的に論じてみた


 大学の講義で「哲学概論」を取りました。そのレポートが我ながらそこそこの出来だなーと思ったのと、是非雪乃紗衣先生の作品を知って欲しいということでnoteに投げてみます。

 レポート本文ママなので、結構固めの文章になっております。。。


以下レポート本文

——————————————————


 ソクラテスが生涯考え続け提示した「私は何者なのか」という問いに、私は今までに二つの方法で「私」が定義できると考えたことがある。ひとつは、「私」を定義するもの、イコール、「私」は、「心」や「魂」といった目に見えない感情的な部分だと考えるもの。もうひとつは、「私」を定義し、唯一無二のもの(生物、もしくは知的生命体)であると定義するもの、イコール、「DNA」、「塩基配列」だとするものだ。

 雪乃紗衣著『エンドオブスカイ』(講談社、2019年)は、23世紀の学術都市・香港が舞台のSF小説である。世界の人々は、容姿や能力を規定し受精卵をつくる、ゲノムデザインが一般的となっていた。デザイン、つまり作り替えられたゲノムは、病気になる前に自動的に問題の箇所を修復するよう指令を出し、ガンはもちろん、脳出血など突発的な体調不良も起こさない。また危険思想を持った場合はその瞬間にゲノムと紐付けられた電子端末や監視端末により政府に報告され、”グリーンであるように”強制的にゲノム編集をされる。犯罪程度の高い人物はゲノムを一から編集し直し、以前の人格をまっさらにして新たに「生まれ変わらせられる」。寿命はゲノム編集のおかげで200年ほどに延び、容姿も好きなときにゲノム編集で変えられるため、見た目から実年齢を想像することは困難である。現在で言うと「コンビニ感覚」とでも言うのだろうか、そのくらい気軽に、当たり前に、ゲノム編集がある香港。その香港で、ある日を境に突如数分で死に至る病が蔓延する。ゲノム編集で「病死」する人間は限りなくゼロに近くなっているはずなのに、連日死者が出る。性別・年齢・ゲノムの編集歴、塩基配列そのもの、発病者たちに共通点はひとつもない。しかし、「ゲノム編集を全員受けている香港島の住人」のみに発病者がみられることから、「ゲノム病」と名付けられる。ゲノム病の正体は、「ゲノム編集により、変化した新しい病原体に対応することができなくなったことによる、新種の病の発現」であった。つまり、自己のひとつと私が考える「DNA」、「塩基配列」に手を加えたことにより、人々は「心」や「魂」といった目に見えない感情的な部分の「自己」と呼ばれるものが、本当に自分のものなのか、それともゲノム編集によるものなのか困惑し、実質的に自己を失ったうえに、「病」や「死」といった、ある種の個性さえも失ったことがゲノム病の発現により分かってしまったのだった。遺伝子工学の世界でトップに立つ香港島生まれの主人公は、ゲノム強制編集にかけられるギリギリ手前の”グリーンじゃない”自分と、香港島の外からやってきた、ゲノム編集を一度も受けていないまっさらな男の子との交流で、「私」を形作るものを拾い集めていく。「人とは何か」、「自己とは何か」、「生とは何か」を問う物語である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?