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わざとじゃない!

りん(仮)くんと、りえこ(仮)さんは、今、席が前後でならんでいる。

ある日の昼休み、ふと気が付くと、りえこさんがりんくんの胸ぐらをつかんでいた。目は怒りに燃えている。
りんくんは、完全にパニックになっていて、
「せんせいーーー!!!たすけてたすけて!!!」
と、叫び出した。
りえこさんの口から、小さく
「死ね!」
と、聞こえた。

さっきまで、りえこさんは窓際の自分の席に座って絵を描いていたし、
りんくんはその近くにはいなかった。
なんでそんなことになっているのか、誰にもわからない。

とりあえず、2人に近づいて行って、
叫んでいるりんくんに、
「来たよ、大丈夫だから。もう大きな声を出さないで」
と、
胸ぐらをつかんでいるりえこさんに、
「離して。」
と、伝える。

りえこさんは、納得しないと動かない。
「俺は何もしてないんだよぉぉぉぉ!」
と、言い募って来るりんくんには悪いと思ったが、いったん無視して、
「りんくん、何した?りえちゃんは、そこで座って絵を描いてたよね?」
と、聞きながら胸ぐらをつかんでいるりえこさんの手に、手を添える。

うまいこと力を抜いて手を放してくれたのでホッとしながら待っていると、
「こいつが!」
と、憎々しげにりんくんを指さして言う。
「おれはぁぁぁぁぁ!席に戻っただけだよぉぉぉ!」
と、りんくんがまた叫んでいたが、手で制して、
「うん、りんくんが?」
と、りえこさんの話を聞く。
「濡れてる手で机触ってきた!あっちもこっちも!ほかの人の机も!いつも!」
と、言う。

ははぁ。なるほど。

確かに、りえこさんのノートは水でぬれた跡があった。
りえこさんは、絵が好きで、自分の世界観があって、それを壊されるのを、とても嫌う。
お気に入りのノートが突然濡らされたことに、耐えられなかったのだろう。
カテゴライズするのは、私は好きではないのだけど、
りえこさんは自閉症スペクトラムの疑いのあるお子さんで、平たく言うと、こだわりが強い。
言葉は非常に少なく、突然(周りから見ると。本人には理由がある)突拍子もない行動をすることも多い。

一方で、りんくんは、多動性、衝動性の強いお子さんで、なおかつ(それゆえに?)、ボディコントロールが弱い。
ちょっちゅう、あっちこっちにぶつかるし、ぶつけるし、転ぶし、歩いていても走っているように見える。

「りんくん、濡れた手でりえちゃんの机に触った?」
と、聞いてみると、開口一番、
「触ってない!!!」
と、言う。
「でも、ここ、濡れてるよ。りんくんの手も濡れてるよ?」
と言うと、
あ!っとなって、
「わざとじゃない!気が付かなかっただけ!」
と言う。

だろうねえ。

りんくんは、わざと人の嫌がるようなことをする子ではない。どちらかというと、気遣いのある優しいお子さんである。
ただし、気が付かないうちに、人の嫌がることをしていることは、(残念ながら。本人としても納得いかないとは思うのだけど)非常に多いのである。
そして、本人はわざとではないのだけど、わざと、に見えてしまうことも多いのである。

さてー。

「りんくん、りんくんは、わざとそんなことはしない。知ってる。でもねえ、わざとじゃないけど・・・」
と、言い始めたら、
「ごめんね!!!!」
と、ぶっきらぼうにりんくんが言った。
わざとじゃないのに、胸ぐらをつかまれて嫌だった。
でも、はいはい、あやまればいいんでしょ???という態度。

おぉ・・・。
とりあえず、次に行く。

「りえちゃん、これは、りんくんがいけなかったと思うけど、いきなり、『死ね!』は、ないんじゃないの?その前に『やめて』って言おうよ。りんくんのTシャツ伸びちゃったじゃない」
「だって、こいつ、いつもそうだから・・・」
「それでも、毎回、『やめて!触らないで!』ってまず、言ってね。そうじゃないと、りんくん、分からないから」
「うん・・・・」

こちらも、納得いかない顔。
でも、先生が言うから、とりあえずうなづいておくよ!という態度。

「りんくん、手は拭いて。あと、教室は歩いてね。触っていいのは、自分の机」
「分かってる!」

ですよね。

小さないざこざは毎日起こる。
あやまったって、分かってたって、先生がなんて言おうが、毎回違うシチュエーションなんだから、次々トラブルは起こる。

仕方ないよ。そうやって勉強しているんだもの。
私も、毎回、勉強ですから☆彡

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