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キャビキュリフェス二日目からDmitri Kourliandski

2021年の年末に行われたキャビキュリフェスの二日目プログラムからDmitri Kourliandkiについて書いていきます(公演は既に終了しています)。

ドミトリ・クルリャンツキーは、ロシアの作曲家で、フルーティストとして最初の音楽教育を受けました。モスクワで勉強し、その後パリで勉強しているときに身体的な問題のため、フルートを止めなければならなくなりました。その後、モスクワに戻りモスクワ音楽院に再度作曲科の生徒として入学することになります。その時既に20歳を超えていたドミトリですが、その6~7年後に若手作曲家の登竜門であるガウデアムス音楽祭で作曲賞を受賞することになります。

モスクワで作曲の勉強を一から始めてみるものの、ある時からドミトリは一切の模倣を拒絶するようになります(音楽教育の中で、歴史的な様々な作品を模倣することは、よくある習得方法の一つです)。それは、彼の音楽が「彼が聞いてきた音楽」の中にはなく、「彼の経験」に基づいていると気づいたからです。「彼の経験」とはフルートで得た身体的な感覚のことであり、それにより「音」と「痛み」は繋がっていると考えるようになります。ドミトリが楽器による拡張奏法を取り入れるようになったのは、2000年代の初期の頃になりますが、彼が得てきた演奏家としての経験が一つ、彼の音楽的方向性を暗示するポイントであったとインタビューで語っています。

「痛み」という概念と共に大事なポイントは「構造化された時間感覚」です。彼の幼少期の体験として、小さな空間に安堵を感じることを挙げており、私たちが生きる上で必要である構造化された時間が彼の音楽に関係していると語っています。夜の時間があり朝の時間がある、こういった当たり前にある日常的+構造的な時間が壊れることは人生が終わることを意味している。彼の初期の作品では上記の二つの概念を用いて作曲されており、その一つがガウデアムスで大賞を受賞した「Innermost man」です。

その後も数字を使うことで構造的な時間を音楽上で作り上げていきます。2002年から2012年頃まで、ほぼ全ての作品で同じリズムパターンが基本的に用いられており(もちろんリズムだけでなく全体のフォームなども、同じような思考のもと、作られています)、それを「客観的音楽」と彼は呼ぶようになります。

例えば自身のイメージした音楽構造やファンタジーではなく、「客観的」に決められたフォームなどを使って書かれた音楽であり、彼自身の言葉を借りると「クリエイト」されたものではなく元々外や内側にあったものを「探す」作業であるということ。

Structural Resistance Group

「Structural Resistance Group」は、2005年にロシアの作曲家によって作られた作曲家コレクティブです。ドミトリとボリス・フィラノフスキー(Boris Filanovski)によって始められました。ボリス・フィラノフスキーは、当時からサンクトペテルブルクでアクティブにコンサートなどのオーガニゼーションなど活動をしていました。

ドミトリは、「創作をする」ということは「人生を創作」すること、「環境を作り出すこと」と同義であり、「作曲」という閉じた行為だけでは成り立たないと考えていました。それは彼の表現活動にとって、とても大事なことであり、当初現代音楽のためのマガジンを作ったり、アンサンブルと共に共同プロジェクトを行ったりと活発に活動をしていました。ドミトリとボリスは意気投合し、当時の友人たちと一緒に立ち上げたのが「Structural Resistance Group」です。

「Structural Resistance Group」のマニフェストはこう始まります。

We are contemporary Russian music. 

この強烈な一文で、これを見たほかの作曲家は思う訳です。「あなたたちではなく、私がロシアの現代音楽である」と。これは一種の挑発であり、とてもうまく機能しました。その挑発を受けて、その数か月後いくつもグループが立ち上がりました。グループが結成されることは、見えなかったシーンが見えるようになることであります。それにより新聞記者からも目に留まるようになり、ほかのフィールドのアーティストからも見える形で、作曲家たちが存在できるようになりました。ほかのジャンルのほうが金銭的なサポートを受けていることがあり、彼らのアクティビティに組み込まれることで、より活動がしやすくなりました。その当時は、まだインターネットが今のように普及していない時期だったので、これらの活動が今イメージするよりも大きな意味を持っていました。ドミトリが刊行していたマガジンやStructural Resistance Groupの結成が、ほかの作曲家にきっかけを与えたことで、ロシアの音楽シーンの状況は変化していきます。

(続く)

若手作曲家のプラットフォームになるような場の提供を目指しています。一緒にシーンを盛り上げていきましょう。活動を応援したい方、ぜひサポートお願いします!