ききたい

馬場武蔵に〇〇について聞いてみた(3)

ドイツ在住、指揮者の馬場武蔵さんインタビュー第三弾。話は、指揮のオーディションの話題から「テンポをどう扱うか」、そして「音楽を作る上での共同作業」に移り変わり・・・(インタビュアー: わたなべゆきこ)。

個人的な感覚


(わたなべ)さっきのオーディションの話を聞いていて、とっても面白いなって思ったんですね。作曲家の場合は、まず自分がどう思うか、何を書きたいのか、聞きたいのか、それを追求する傾向にある。でも指揮者はベクトルが逆だなって。まず楽譜に書いてあることを忠実に。自分の解釈は後から来る。


――(馬場)だって演奏する上で、僕個人の考えだったり意見なんていうものは、その場においては重要じゃないでしょ。

楽譜に書いてあることに疑問があったり、違うなって思ったりすることは?

――疑問はあります。疑問、、というよりかは、「本当はどうしたかったんだろう?」って思うんです。

へぇ。

――それで言うと、僕の場合、「テンポ」が一つ大きなテーマになっているんです。そうだ、渡辺さんのアカデミー時代も、指揮者のルーカス・フィス(Lucas Vis)って教えに来てました?

来てましたね。ガウデアムスで曲が演奏されたとき、ずっとリハーサルに付いていてくれて。沢山勉強させてもらいました。

――僕ね、IEMAに入って良かったことの一つは、ルーカスに出会えたことなんじゃないかって思ってるんです。アカデミー始まって、この一年で三回もルーカスの家に行ってるんです。それでね、彼って、もう「シュトックハウゼン!」って感じの人じゃないですか。

え、それどういう意味?

――彼の家に行ってやったことは「テンポをどうやって捉えるか」ということだったんですよ。シュトックハウゼンの「テンポの半音階」を物凄く沢山練習して。それでテンポに対する考え方が、がらっと変わったんです。

テンポの半音階って、音階のシステムを音楽の速さに応用したものですよね。

――そうです。要はね、指揮者って言うのは感覚に頼りがちだと思うんです。感覚的に音楽を捉える部分がある。感覚自体は悪くないんです。でも、感覚に対して自覚的になるには、何か「ものさし」が必要じゃないですか。指揮者はテンポを操る役目ですから、演奏家が音程にシビアになるように、テンポを感じ取らなければいけない。

そのための、絶対音感ならぬ、絶対テンポ感?

――そうなんです。ルーカスと出会ったことで、そのことに気付かされたんです。一年本当に努力して、ようやく定着し始めたところなんですけれど。

そうか。でもそうすると、実際作品を演奏するときに、どれだけ作曲家側がその絶対テンポ感を持っているのかっていうところが、今度問題になりませんか?

――とにかく一回はね、四の五の言わず、書かれたテンポでやってみるんですよ。それが作曲家が本来イメージしたものと違っていたり、演奏不可能だとしても、一回はやってみる。
それで、例えば「この速さだとこの強弱がどうしても出ないな。書いてあることが聞き取れないな」とか「この遅さだと息が持たないな」とか、どうしても変える必要がありそうな場合に限って、作曲家や演奏家と相談しながら変えてやってみる、とか、そういうことをしてるんですね。

勝手に何となく(もしくは無意識に)にテンポを変える、ことはしないと。

――自分の感覚だけで、テンポを変えることはありませんね。そもそも、僕個人がどう思っているのか、感じているのかっていうのは、アンサンブルをやる上では、優先順位が凄く低いんです。みんなの希望の間を取る仕事なんです、僕がやっていることは。その場にいるみんなが幸せになる方法を探す役目だと思ってます。

ジョルト・ナジが凄く良いことを言っていて、「指揮っていうのは、健全な妥協点を探すことだ」って。それ、その通りだと思うんですよ。だってね、作曲家がどんなに頑張ったとしても、楽器奏者以上にその楽器のことを知ることはできないし、同時に逆も然りだと思うんです。もちろん、明後日の方向で素晴らしい結果が生まれることもあるんだけれど、でも大抵の場合は、その離れた二つの橋をどう繋げるか、考えなければいけないんです。

非常に多面的な要素から成り立つ共同体をどう作っていくかっていう視点なのかもしれないですね。

――共同で仕事をするのに、三つの段階があると思ってるんですね。

まずは「私とあなた」もしくは「彼と彼女」
それから「わたしたち」、「わたしたちはこう考える」
最後は「自分たちを飛び越えて、大きな何かのために向かっていく」

それで僕がやりたいのは、この三番目。「自分たちを飛び越えて、何か見えない大きなものに向かっていく」ことなんです。そのためには、僕の個人的な感覚は必要ないんです。これね、実は作曲家も同じだと思うんですよ。

あぁ、それ、凄くわかります。私、作曲は個人プレーじゃないと思うんです。書くときは一人なんだけど、これまで積み重なってきた歴史や今影響を受け合っているもの、全てが関係していて、一つの作品が生まれていると。

同世代の作曲家同士は、特に対立構造だと思われてしまうけど、実はそうじゃない、私たちは協力しあっていて「音楽」という結晶を生み出してるんじゃないかなって。

三回に渡るインタビュー、いかがだったでしょうか。指揮者ならではの視点が面白かったですね。有料版月間マガジンさっきょく塾では、引き続き馬場さんのインタビュー続編をお楽しみいただけます。Facebook版さっきょく塾オンラインサロンも同時開講です。入会希望は上記のノート記事リンクより、お申込ください。次回は、ピアニスト、八坂公洋さんのインタビューをお届けします。お楽しみに。


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