ききたい

山根明季子に〇〇について聞いてみた(1)

水玉からキラキラドローンへ

「ちょっときいてみたい音楽の話」は、同世代の音楽家に、その音楽について、また思想について直接本人に聞いてしまおうという対談シリーズです。四人目は作曲家の山根明季子さん。20年来の友人でもあります。(インタビュア:わたなべゆきこ)

――(わたなべ)山根さんと言えば代表作である「水玉コレクション」に始まり、最近では「キラキラドローン」など、パッと脳裏にイメージが浮かぶようなビビッドな言葉選びが印象的です。

丁寧に言葉を絞り出す姿勢がまさに山根さんの音楽そのものを表していて、表現全般に真摯に向き合っている作曲家だと思います。

(山根)それがね、TVでインタビューを受けた時にこう訊かれたことがあったんです。

「水玉ってなんですか?」

言葉に対する言葉の説明が浮かび上がってこなくて、当時何も答えられず、大人なのにただ涙が出てきて時間が過ぎてしまったんですよ、恥ずかしいんですが。

その時は「水玉コレクションはどんな音楽ですか?」という質問には答えられたのに「水玉」の正体は言葉にできない、説明が出来ないものだった。今、強いて言葉にすると音ひとかたまり、かな。それでもたくさんの要素が削ぎ落とされているけど。「水玉」自体無理やり言葉に押し込めているもので。

――それって言葉とイメージの狭間の、感覚的な部分をとらえた結果なんじゃないかな。

「水玉コレクション」って、名前のない何かを、まるで素手で触るように音を聴く「体験」だと思うんですね。そういう意味で、山根さんはこの作品を通して、新しい聞き方を開拓したような気がしてるんです。この後すごく変わっていったじゃないですか、日本の現代音楽界。「こういう考え方もいいんだ」って、思わせてくれた2000年以降の日本音楽史にとって大事な作品だったと思うんですよ。

もう一つ「水玉」と同様に山根さんの口からよく聞くワードなんだけれど、「キラキラドローン」っていうのは?

「キラキラドローン」も、これが具体的に何かって訊かれると、まだ即座に答えるの、難しいですね・・・えっと。

――ほら、キラキラって星みたいなイメージがあるでしょ。ただ、キラキラ+ドローンになると、相反する言葉が二つくっついて、捉え方も一つではなくなる気がしていて。何か実態が掴みにくい言葉ではあるんですよね。

一音を軸に聞き込んでいくタイプのアンビエントな持続音楽ってありますよね。あれの中にね、その一音の中に、物質が詰まってるイメージなんです、キラキラドローンって。キラキラしたものがぎゅうぎゅうに詰め込まれるように陳列している状態というか。

――例えば何が陳列してるの?

物質!いや、物質だけじゃないか、常に在る何か・・・物質で言うと例えば数えきれないほどの商品とかね。キラキラネームって言葉で揶揄されるでしょ、関係しているかもしれない、ああいった居場所のなさみたいな。色とりどりの大量の追いやられた純粋な何か、そういうの全部ひっくるめてモノがぎゅっと詰め込まれているような。

――あぁ、有機的なものや無機質なものが並列するように一つの空間を満たしている感じなのかな。

それを聞いて少し思い浮かべたのは、村山留里子さんの「綺麗の塊」とか、できやよいさんの粒粒とした作品とか、 小さなものがぎゅっと詰まったようなビジュアル、そういうイメージと少し重なる部分があるような気がするんです。

同じ時代を生きる中で共通点があるのかもしれないですね。美術とかね、クラシック音楽以外のものから刺激を受けることはすごく多いです。

――遠目でみると可愛らしいんだけど、近くで見ると生々しい小さな物質がぎゅっと詰まっていたりね、同世代の女性アーティストで言えば、清川あさみさんの作品みたいに写真に写った皮膚に穴を開けて通したり、山根さんの音楽にも痛々しい印象があって、現代の女性アーティスト作品とどこか繋がる部分があるんですよね。どちらも神経(身体)を削って作品作ってるなって。

――ビジュアル面でいうと、例えば小さい頃から、何か好きなものをコレクションしたりしていたんですか?

それが全然。もともと物には執着がなくて、家に引きこもって音を作って遊んでいました。きっと子供が大好きなものを集めるような感覚で、音を集めてた。カセットテープやエレクトーンのフロッピーディスクで録音したりして。

――ビジュアルから音を考えていく作曲家って多いと思うんです。どこかで見た景色であるとか。人間の知覚ってもともとビジュアルが強めでしょ。なので視覚から音楽が派生してくることってよくある。でも山根さんの場合は、そうではなさそうですよね。

人が物質をコレクションするのって人間誰しもが持つ欲求だと思うんです。山根さんの場合は、それが目に見えるモノではなかった。「物質的に音」を欲するという感覚が、どこかこう現代的だなと思います。

例えば音のピッチと色の知覚が繋がってるんです。音楽を作る上で、例えばセリー音楽とか、音高・音価・アタック・強弱のパラメータを操作する。そこに興味がなくて、いや、それだと私の場合欲しいものが実現できなくて、常に形・色・素材感(触感・手触り)の視点から、作品全体の質感を作り上げるようにしています。

――なるほど!言葉で説明できない何かっていうのは、そもそも素材段階の設定が違うからなのかもしれませんね。持ってる言語が違うというか。
アカデミズムの中ではね、やっぱり既存のパラメータで構築することをまず学ぶと思うんです。音程はこうで、リズムはこう、モティーフがあって、それを組み合わせて構成していきましょう、ってね。そういうものって先人からいくらでも学ぶことができると思うんです。でも、独自のパラメータを扱う場合って、前例がないでしょ?
その辺りは、どうやって学んでいったんですか?

手探りですよね。既存のパラメータでの構築は大学でみっちりやって・・・。自分はこう書きたいんだということを突き詰める中で少しずつ見えてきた。たくさんのことを扱うと既存の価値観に押しつぶされてしまうから、まずはひたすら一音をどう書けばいいのかということから。最初は全然掴めなくてね、自分が思う質感をどうやったら実現できるのか悶々とね。とにかく一音と向き合って自分の方法に手繰り寄せています。

――あぁ、アルファベットを作るような感覚で?

そういうことなのかな?少しずつ色と形を作って、まず素材づくりから始めました。というか素材づくりが全てだった。

――地道な作業!「水玉」時代は素材作りに終始していた、そして今の「キラキラドローン期」っていうのは山根さんの音楽の変化の中で、どういう段階にあるんでしょうか?

変化というより、音を視るアスペクトがもう一つ加わったんです。一音一音を書いている時は、それを外側から見ているイメージです。どんな形か、色か、外側から、それを書き表していく作業だった。そこに、その一音を今度は外側からではなくて、内側から見る視点が加わった。内側から見ることでしか実現できないことに興味が向かったんです。

――先ほどの「キラキラドローン」でも、一音内部の話が出てきましたよね。一音を外から眺めていたときは、そのものに対して客観的に対峙していた。そして物質が詰まった、その内部に入るっていうのは、一音に対峙するというより、体感(体験)する、という段階のような気がします。誰かと向き合う行為から、その人自体になっちゃってるみたいな。

その人自体というか、より一音を深く知りたいということなんです。なので、先ほどのパラメータを使って、建築物を構築する、というイメージとは違う。うまく言えないけど、内側に入ったときは、時間(次元)を越えてるんですよね。時間の経過と共に発展したり展開するようなものとは違って、常に動いている。そこでは、音楽を聴く体験の中で「状態」の体験が浮かび上がってくる。その操作をすることに最近は取り組んでいます。

――「状態」というのは例えば?

楽譜に沿って時系列に演奏を行おうとする「状態」を一般的なクラシック音楽の体験の質だとすれば、今話しているような「状態」は、一音という一つの空間の中に演奏家も聞き手も入り込んで、その内部を体験するような質感です。固定されたものを正確に追っていくような感覚ではなくて、有機的に変化したり、もしくは角度によって、人それぞれが持つ感受性やコンディションによって、ディテールがキラキラと変わってみえるようなことが際立って起こります。

作曲するときは、まず「状態(空間)の質」をイメージしてから、そのディテールについて考えるんです。編成によって、それをどう実現するか、そこからは例えばアンサンブルの方法であったり、不確定性をどこに設定するかなどですね、実現に向けて具体的に設定を決めて書いていきます。

――実際作品の中ではどういった形で「キラキラドローン」が現れるのでしょうか?

持続の中に入り込んで観察する意味で、パチンコやゲームセンターなどのアミューズメント空間をモデルとした一つの状態がずっと続く作品が、それにあたります。


あと少し違いますが、作品の作曲以外でね、昨年(2018年)若尾裕さんと共同でソーシャルインスタレーションを行ったんですよ。来場者が好きな音を持続する、というシンプルなイヴェントだったんですが、色々な重なりによるドローンを体感することができて、とても興味深い体験でした。

来場者は、楽器を持ってきても良いし、声でも良いし、会場にも幾つか小物があるんですけど、音も長さもその人が決定して、その空間を共同で作っていくんです。お互い音を聞きながら持続を重ねたり、独自に一つの音を聞きこんだり。予期しない音の質だけでなく、決まった音符を弾く時に「上手く弾こう」としたりするじゃないですか、そういう空気感や緊張がなく、相手に刺激を与えようとする事とは逆方向の質が私にとっては面白くて。

――それは体験してみたい!どんな空間の質が作られているか、とても興味があります。

時系列に楽譜に書き込むとこうなってああなって・・・とフィックスされちゃうじゃないですか。私の場合ずっとそこに違和感があったんです。水玉コレクションだって、一音一音の順番が変化したって実は曲の本質を大きく損なわない。感覚の鮮度が高いレベルのうちに捉えたり観察することに興味があるし、一瞬と永遠が繋がっているような、質感、状態はしっかりコンポジションしたい。それって、時間を越えることができるんじゃないかって思う。

――時間を越えるって?

時間に縛られることが窮屈に感じます。音楽の内包する空間的なところの操作に興味があるのかなと。

――なるほどなるほど、時間を越えるって、その感覚凄く共感しますね。今って出来なかったことがテクノロジーによって出来るようになった時代じゃないですか。だから、アナログにしても不可能なところをどう可能にするかって考える。時間を一瞬にしたり永遠にしたり、錯覚や錯聴、もしくは知覚を変化させることで、あたかも時間を越えたような体験を音楽を通して提供できたら、素敵だろうなって思います。

次回「山根明季子に〇〇について聞いてみた(2)」は、5月5日に更新予定です。

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