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未来の自分が笑うための、お守りに。

対話の日。第三回目は、由眞さんのこちらのnoteです。

まずはじめに、記事を読ませていただきありがとうございました。

こちらは、未来の自分に宛てた手紙ですよね。
手紙って、やりとりする当事者以外はなかなか見られないもの。とても神聖な空間におじゃまさせてもらっているようで、読んでいる間、心が引き締まる思いになりました。

今僕の周りにいる友人達が、今後死ぬまで傍に居てくれるなんて甘っちょろいことは考えないように。当たり前は、当たり前ではない。
自分なんかに特別な好意を持って貰えるなんて思ってないからと言って、擦れ違いになってはいませんか。
甥っ子達が健やかに育っているかどうかぐらいは知りたいだろう。たまには顔を出しても、良いんじゃないの。
気が向かない時は離れても良い。ひとつのことを成し遂げたり、長く続けることが苦手な僕の新しい居場所を、ここでしかない巡り合わせを、どうか大事にして欲しい。

自分を一番理解しているのは、ほかでもない自分自身。

自分から自分へ向けることばだからこそ、きっと「未来の自分」が一番ほしいと思う言葉を、届けられるのだと思いました。
それは時に厳しく、時に優しく。

所々に「心配や気遣い」も感じられました。
未来の状況は、もしかしたら今予想するものとは異なるかもしれないけれど、「過去の自分が気に掛けてくれている気持ち」を感じることができるだけで、励みになるような気がしました。


そんなに怖がらなくてもいいよ。多分僕が思うに、僕は好きなものを好きだって叫んで、全力投球してる方が僕らしく在れると思うんだ。

きっとこれまでの人生の中で、自分を思いきり表現できなかったり、ビクビクしてしまったりすることがあったのだと思います。

でも、苦しさや痛みを知っている自分からのメッセージは、とても力強い。

未来の由眞さんが何かに対して全力投球していたらいいな…と私も思いました。

無理なことは無理と断ること、出来ないことは背負わないことが僕にとっての責任を持って挑む姿勢の核たる部分だから、らしいと言えばらしいよな。
僕を大事にすることで、僕を大事に想ってくれている数少ない貴重な人達を、今後も守って欲しい。

「仕事はどうなりましたか」の部分には、この手紙の中で一番たくさんのことが書かれていました。

これは推測ですが、今の由眞さんが一番気に掛けていて、どうにかしたいともがいたり、葛藤したりしている部分なのかなぁ…と。

未来の自分に向けたことばは、同時に、今の自分を鼓舞することばでもあって。

悩みや葛藤の中から、未来の由眞さんが「この道を選んできてよかった」と思えるような選択を、し続けてほしいと願うばかりです。

自分の行動パターンから考えれば、ある程度直近の未来を想像するのは容易い。でもそれは自分一人だったらの話で、この線に、糸に、色んな人の思いや事情が交錯すると複雑化して、或いは突拍子もない特殊イベントが発生したりして、これだから人生はおもしろい。辞められないなって、思うんだ。

ここはとてもハッとさせられました。

ある程度未来を想像できてしまう部分はありつつも、「どうなるのかわからない」という部分があることも事実。

だからこそ、おもしろいんですよね。

むしろ、今の予想を覆してやる、くらいの気持ちで日々の行動を選択していったら、思ってもみない未来が待っているのかもしれないなと。

大切な気づきをありがとうございます。


この手紙の宛先は「いつかの僕」。
いつの由眞さんが読むんだろうと、私まで楽しみになりました。

読むそのときまで、このお手紙はお守りのような役割を果たしてくれるような気がします。

未来の由眞さんを、今の由眞さんが見守っている。2人の間には”絆”のようなものを感じて。
その絆があれば、未来の由眞さんはきっと大丈夫。そんなふうに思えました。

私も、今の由眞さん、そして今を積み重ねた先にいる由眞さんのことを、応援したいです。


対話させていただき、ありがとうございました。解釈が異なる部分があったかもしれませんが、ほんの少しでも何かが届いていたら、とてもうれしいです。



締切過ぎていますが、いつでも応募できます。
じっくり読むことは、とても実り多い時間です。




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