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#117: 「時短勤務」を母に反対された日

まちづくりの専門家、木下斉さんのvoicyを聴いていて、
15年前に母に言われた、私の人生が変わる一言を思い出したので、
今日はその話を書いてみます。

連続投稿100日記念と、
ちょっと生々しい話でもあるので、後半は初の有料記事にしています。


昭和型な家事労働分担

放送で取り上げられていたのは、昭和な家事労働の分担と共働きの
掛け算が生み出す、女性の負担の話と
世帯としてどうしていくか?という話でした。

放送をお聴きになっていない方は、ぜひ聴いてみてください!


昭和のバリキャリから、専業主婦になった母

この放送を聴いて、母のことを思い出しました。
母は、結婚前は、昭和の女性にしては珍しく
「嫁に行くまでの腰掛け」みたいな感じではなく
バリバリと楽しく働いていたようです。

私が幼いころに、よく母が私に自分が働いていた頃の話をしていました。

旅行好きな仲間が多かったから、みんなで積み立てをして、
当時としては珍しかった海外旅行に行った(マカオとか)

組合に入って、経営陣と賃金とかの交渉をしてた

石炭から石油にエネルギー源が変わっていく中で、
いち早く石油にビジネスモデルを切り替えて
ガソリンスタンドを始めたりした会社だった。
周りの「石炭にこだわって」いた会社がどんどん潰れていくなかで
会社は成長を続けた。

時代を感じる話。先行者利益的な話を活き活きとしていた

子ども心に印象的だったのは、
どの話をするときも、母が活き活きとしていたこと。

話から垣間見える、

・新しいことや当時としては珍しいことでも
 一緒にやれる仲間
・風通しの良い、経営陣と従業員の関係性
・能力や働きに見合った、
(男性顔負けの)処遇

これらを感じながら、母の話を聞いていました。

ところが、結婚を機に、母は大好きだった仕事を辞め
専業主婦になります。

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