「怪異捜査官」第2話

 黄昏市警察署。
 都心部に位置するそこは、治安維持の要だった。
 鉄柵が敷地を囲み、無数の監視カメラが周辺を睨む。正門では武装警官が見張りを勤めていた。
 厳かにそびえる警察署に、長身の女が現れる。

「…………」

 無表情の女は足早に署内を進んだ。
 暗い茶髪にパンツスーツ。すらりと伸びる肢体は、服の上からでも分かるほどに引き締まっている。
 すれ違う警官が頭を下げる中、女はエレベーターに乗った。地下三階のボタンを押し、じっと到着を待つ。
 エレベーターが開くと、女はすぐさま歩き出した。窓のない閉鎖的な廊下が続く。
 やがて突き当たりにある部屋の前で足を止めた。
 扉には「怪異事件対策課」のプレートが貼られている。
 数度のノックの後に、女は扉を開けて室内に入った。
 いくつもの視線が突き刺さる中、彼女は淡々と告げる。

「特殲隊から配属されました葛城です。課長はどちらでしょうか」

「私が課長の銀条だ。よく来てくれたね」

 直立不動の女――葛城の問いに応えたのは、壮齢の男だった。
 オールバックで固めた灰色の髪に、古めかしいスリーピース・スーツ。
 柔和な笑みとは裏腹に、その双眸は血のように赤い。
 怪異対策事件課長・銀条は葛城に手を差し出した。
 葛城は一礼してから彼の手を握る。洗練されすぎた動きは、まるで機械のようであった。
 銀条はおかしそうに笑いながら、彼女を部屋の奥に招く。

「まあ、こんな所で立ち話もなんだ。課長室で話そうか」

「分かりました」

 素直に頷いた葛城は、銀条と共に課長室に入った。最低限の調度品のみが置かれた、簡素で実用的な部屋だ。
 二人はローテーブルを挟んでソファに座る。
 銀条が親しげな口調で切り出した。

「さて、君にはこの怪異事件対策課の捜査官を担当してもらう。業務内容は聞いているかね」

 葛城は少しも表情を変えずに答える。

「いいえ、ほとんど把握していません」

「それも当然だろう。この課で扱うのは秘匿情報ばかりだからね。まあ、君が覚えることは少ない。安心してくれていい」

 そう言って銀条は、数冊のクリアファイルを机に並べた。
 葛城は目に付いた一冊を手にとって開く。そこには連続殺人事件の概要が記されていた。ページをめくると凄惨な死体の写真が目に留まる。
 銀条は重々しげな調子で告げた。

「その事件はつい先日のものだ。繁華街で堂々と殺戮を引き起こしてな。被害者の大半は無惨な状態で見つかった」

 資料を読み終えた葛城は、別のファイルに手を伸ばす。
 彼女の瞳は不気味なまでに落ち着き払っていた。
 文字の羅列を斜め読みしながら、冷静に見解を述べる。

「凶悪犯罪が頻発する割には犠牲者の数が少ないですね。どれもこの課の捜査官が関与しているようですが」

「そうだな、黄昏市の被害規模は一部を除けば比較的小さい。だが、これには理由があるんだ」

 銀条は何とも言えない表情で溜息を吐く。まるで、これから触れる話題に後ろめたさでも感じているかのような様子だった。
 眉を顰めた葛城は、遠慮なく銀条に尋ねる。

「理由とは」

「その前に葛城捜査官、君は怪異の定義を知っているかな」

 投げかけられた質問に、葛城は淀みなく返した。

「超常的かつ反社会的な力を備えた存在、と記憶していますが」

 ――怪異。この世界における害悪の名だ。

 時空の捻れから生まれた化け物。
 自律思考により脱走したロボット。
 別次元の魔物と契約を結んだ強化人間。
 生物実験により造られたバイオノイド。
 魔力を身に宿す黒魔導師。

 例を挙げていくとキリがなかった。
 これら怪異はあらゆる方法を以て社会に仇なす。
 私怨から始まり、組織的な目的の遂行まで。動機に統一性など無く、彼らは自らの価値観に従って行動するのだ。
 そうして大概は社会に悪影響を及ぼす。

「ふむ、教科書のように模範的な回答だ。では今からの内容をよく聞いてほしい」

 葛城の言葉に、銀条は満足そうに頷いた。瞳の色に陰りが見えたのは気のせいか。
 そこで一呼吸を置いて、銀条はじっと葛城を見据える。
 意図が掴めず、葛城は首を傾げた。

「なんでしょうか」

「ここの課の捜査官は大半が怪異だ」

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