「全知全能の力をもらったのでスローライフを満喫することにしました」第2話

 菊池恭祐、二十八歳。
 ただいまドラゴンと対峙しております。

 これはまずい。
 どうすればいいいのか。

 ドラゴンは今にも襲いかかってきそうだ。
 逃げ出せそうな隙はなかった。

 パニック寸前の俺に、落ち着き払った声がかかる。

「菊池さーん、慌てず騒がずランドフラッグで支配領域を設けましょう。それで助かりますー」

 ナビからのアドバイスだった。
 彼女はこんな状況なのに冷静で、むしろリラックスしている節すらある。

 だって、思いっきり欠伸とかしてるし。
 いくらなんでも余裕かましすぎだろ。

 サポート係の態度にイラッとしつつも、俺は旗を頭上に掲げた。
 そのまま勢いよく地面に突き立てる。
 旗は空気に溶け込むようにして消えた。

〔実績【支配領域を生成する】を達成しました〕
〔新しいレシピが解放されました〕

 奇妙なアナウンスが聞こえた。
 本当にこれで大丈夫なんだろうな。

 ナビを疑うわけじゃないが、この絶体絶命な場面を解決できるのか。
 見た目には何も変化した気がしない。
 もう俺は知らないぞ。

 次の瞬間、ドラゴンが凄まじい勢いで突進してきた。
 咆哮を上げながら迫る姿に、俺は耐え切れず腰を抜かす。

「うぅ、畜生……!」

 あまりの恐怖に目を瞑る俺。

 逃げなければドラゴンと激突する。
 頭では理解しているのに、身体が震えて動かない。

 しかし、痛みや衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
 俺は恐る恐る目を開けてみる。

 十メートルほど前方にて、ドラゴンが暴れていた。

 振り下ろされた爪が何もない空間に弾かれる。
 こちらを狙った体当たりも、なぜか前進できずに失敗した。
 挙句、口から青白いレーザー光線が放たれたが、やはりある地点を境に消滅する。

 ドラゴンがいくら足掻いても、俺に危害は加えられないらしい。
 それどころか接近すらできない様子だ。
 まるで見えない壁に阻まれているかのようである。

 俺が謎現象に呆けていると、隣にナビがしゃがみ込んだ。

「菊池さんを中心に半径十メートルくらいのエリアが支配領域になりました。敵対存在はデフォルト設定で立入禁止なので、ドラゴンはこちらへ来れないんですよ。もちろん攻撃も無効化されますね」

「……本当に安全なんだな? いきなり侵入されたりしないよな?」

「支配領域のセキュリティーは絶対です。チートですからねー」

 ここまで断言されたら信じるしかあるまい。
 実際、ドラゴンは何もできずに怒り狂っているのだから。

 多少冷静になった俺は、ドラゴンの立てる騒音にビビりつつも周囲をチェックする。

 半径十メートルくらいが支配領域らしいが、やはり見た目に変化はない。
 何の変哲もない木々や草や地面があるだけだ。
 本当に能力は発動しているのか、と疑うほどである。

 ただ、メニュー画面に”支配領域情報”という項目が追加されていた。

 なるほど、ここで領域内のデータが確かめられるのか。
 試しに開いてみると、ドラゴンの攻撃を受けている旨がログに表示されていた。
 リアルタイムでしっかりと機能しているようだ。

 他にも色々できそうだが、それらは後ほどの楽しみとしよう。
 今は目の前の問題を早く解決しなければ。

 メニュー画面を閉じた俺はナビに尋ねる。

「で、ドラゴンを追い返すにはどうするんだ」

「あー……そこまで考えていませんでしたねっ!」

 ナビはぺろりと舌を出してウィンクした。

 このジャージ娘……まったく可愛くないぞ。
 ウザさだけが見事に際立っている。

「おいおい、このまま放置なんて無理だからな?」

「そう言われましても、支配領域に迎撃機能はありませんからねぇ……」

 ドラゴンが大暴れするのをよそに、俺とナビは不毛な口論を繰り広げる。

 いくら安全とはいえ、この状況で異世界ライフを楽しめるほど俺は図太くない。
 ドラゴンには早急にいなくなってほしい。
 いい加減、ストレスで胃に穴が開いちゃいそうだよ。

 そうしてナビと議論を交わすこと暫し。
 近くから重低音の唸り声が聞こえてきた。

「――、――――」

 声を発したのはドラゴンだ。
 いつの間にか暴れるのを止めて、じっとこちらを眺めている。

 そこには確かな知性が窺えた。
 何かを俺たちに伝えようとしているのか。

 ドラゴンはその後も似たような調子で唸る。
 しかし、肝心の内容は分からない。

「参ったな。なんとか対話ができそうなんだけど……」

 俺が腕組みをして悩んでいると、ナビが大袈裟に手を打った。

「それでしたらメニュー画面のオプションで、言語設定を日本語から万能言語に変更すれば解決ですよー」

「ほう、そんなものが」

 探してみると該当箇所はあっさりと見つかる。
 ここを弄るだけで、異世界の生物とも意思疎通できるそうだ。

 さすがチート能力である。
 さっそく言語設定を変えた俺は、ドラゴンの言葉に耳を澄ませる。

「そろそろ答えろ……お前たちを守る術は、誰の仕業なのかと聞いている」

 まずい、めっちゃ怒ってるよ。
 言葉が分からずに無視していたのが悪かったみたいだ。

 俺は反射的に謝ろうとして、寸前で口を噤む。

(もしかして、これはチャンスか?)

 ドラゴンは支配領域の存在を知らない。
 なぜ俺たちに接近できないのかも理解できていない。

 つまり、こちらの正体を掴みかねているのだ。

 これを利用しない手はないだろう。
 馬鹿正直に対応したところで、ドラゴンが素直に立ち去ってくれるとは思えない。

 最初から問答無用で殺しにかかって来るようなモンスターだからね。
 騙しに行くくらいがちょうどいい。

 別に失敗したら死ぬわけでもないし、ダメ元で挑戦してみるか。
 そう決心した俺は、立ち上がって堂々と胸を張る。

「ふはははははは!! 貴様を食い止めたのは、俺の張った結界だッ! 本来は太古に滅びた禁術でな。トカゲの戯れ程度なら、何百年でも耐えられる」

 淀みなく出てくる挑発とハッタリ。
 不敵な笑みを浮かべるのも忘れない。
 表情筋よ、今が正念場だぞ。

 ドラゴンの反応を待たず、俺はさらにセリフを重ねる。

「そして! 攻撃用の術を使えば、ドラゴンを倒すのも実に容易い。なぜ貴様の問いかけを無視していたと思う? 慈悲だよ。俺の前から逃げるための猶予を与えていたのさ」

「よくもまあ、そんなに口が回りますねぇ」

「黙っとけ」

 ナビが小声で茶化してくるが、今は構ってやる余裕がない。

 チート能力を誇張し、ドラゴンが撤退するように促す。
 それが俺の考えた作戦だった。

 襲えばただじゃ済まないと分かれば、迂闊な真似はできなくなる。
 よほどの執着心がない限り、大人しく去ってくれるだろう。
 実際、支配領域で攻撃を防いでいるわけだから、信憑性だってあるはずだ。

 たとえ騙せなかったとしても、支配領域の中は安全なので問題ない。

 俺のハッタリを聞き終えたドラゴンは、思案した様子でつぶやく。

「お前の結界、か……ふむ」

 直後、ドラゴンは急に翼を上下させて飛び立った。
 風圧で激しく揺れる草木。
 朱い巨体が大きく旋回して、そのまま空の彼方へと消えていく。

 何とも幻想的で美しい光景だ。
 俺にはもったいない。
 もったいなさすぎて二度と目にしたくないね、うん。

〔実績【ドラゴンを撃退する】を達成しました〕
〔新しいレシピが解放されました〕

〔実績【支配領域を防衛する】を達成しました〕
〔新しいレシピが解放されました〕
〔能力【マップ機能】を取得しました〕

 やがて、ドラゴンの姿は完全に見えなくなった。
 俺の作戦が成功したのかは不明だが、目的は達成できたと言える。

「はぁ……散々なスタートだな」

 緊張の糸が切れた俺は、大の字になって地面に倒れ込んだ。

○支配領域情報

面積:半径十メートル
人口:二人
知名度:なし
快適度:0
総評:世界一安全な野宿スペース

○新しい施設

・未開の森
ランドフラッグの効果により、支配領域となった狭い土地。
鬱蒼と生えた草木のせいで居心地が悪い。
人が暮らしていくには開拓が必要。

○新しい住民

・菊池恭祐
仕事をサボることが信条のアラサー営業職。
異世界での目的は、自堕落な生活を送れる快適空間を手に入れること。
チート能力によって様々なモノをクラフト可能。
身体能力は人並みだが、最近は体力の衰えを感じ始めている。

・ナビ
菊池のサポート係に任命された神の使徒。
なぜかジャージに上履きという、学生感丸出しな恰好をしている。
天真爛漫でマイペースな言動が目立つが、サポート係としては非常に有能。
どんな状況でも鋼のメンタルとウザさを忘れない。

○新しい能力

・マップ機能
メニュー画面にマップの項目を追加する。
別の能力と同期させることで、様々な拡張機能を利用することも可能。

○解説

現在の支配領域は森の僅かなスペースのみで、何の開拓もされていない。
ただし、デフォルト機能として立入制限がかけられており、敵意を持った存在は侵入できない仕様。
領域外からの攻撃も完璧に防ぐ。
セキュリティー面に関しては、絶対的な安全が確保されている。

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