「屑鉄細工の殺人機 ~異世界で搭乗型ゴーレムのパイロットになった~」第1話

【あらすじ】
平凡な会社員キリセは、神の頼みで異世界へと転移する。
戦時中の世界へと落とされたキリセは、搭乗型ゴーレムを使って生き抜くことを決意した。

【本編】
 荒涼とした赤土色の渓谷。
 粗末なテント群に火の手が回り、戦闘服を着た兵士たちが悲鳴と怒声を発している。

 そこは、惨たらしい戦場の只中であった。

「うおおおおああああぁぁぁぁッ」

 激情を孕んだ咆哮。
 分厚い装甲に包まれた体長四メートルの金属巨人――魔術兵器ゴーレムが大地を蹴り進む。

 叫び声は機体に乗り込んだ男が発したものであった。

 両手に盾と鉈を持った男のゴーレムは、逃げ惑う兵士に追い縋る。
 鈍重な見た目とは裏腹に滑らかで俊敏な動きだ。

 ゴーレムは兵士の背中に鉈を振り下ろした。

 大質量による破滅的な斬撃。
 断末魔すら許されず、兵士は潰れて肉塊と化する。

 弾けた血飛沫がゴーレムの装甲を上塗りした。

「くはっ、はははっ」

 調子の外れた男の笑い。

 ゴーレムはすぐさま方向転換し、次なる獲物に跳びかかった。
 横殴りの鉈が杖を構えた三人の首を刎ねる。

 振り抜いた勢いでさらに別の兵士の胴を薙いだ。

「王国の犬が! くたばりやがれッ」

 ゴーレムの側面に回った兵士が、罵倒混じりに銃器で攻撃を試みる。
 連射された弾丸は甲高い音を立てて装甲に穴を開けた。

 しかしゴーレムの動きは止まらない。

 損傷箇所から赤黒い液体を漏らしながら、機体は猛然と突進する。
 些細な抵抗も虚しく、兵士は盾で殴り殺された。

「止まれ。貴様の攻勢もここまでだ」

 鮮血の滴る男のゴーレムの前に、今度は灰色の巨体が立ちはだかる。
 フォルムに違いはあるが、こちらもまたゴーレムだった。

 金属板に覆われた太い腕は鉄骨のような槍を構えている。
 腰を落とした佇まいには、戦い慣れした者の風格があった。

「黙れ! 俺の、邪魔をっ、するな!」

 対する男のゴーレムは怒りを露わに駆け出す。
 長大な鉈が頭上に高々と掲げられた。

 そのまま力任せに叩き斬るつもりだろう。
 激しい動きに機体が軋む。

 二体のゴーレムが衝突する寸前、待ち構える灰色のゴーレムが動いた。
 槍の穂先が男のゴーレムの盾を貫通し、機体の脇腹をすくい上げるように刺す。

 派手に飛び散る火花。
 狙い澄ました一撃であった。

 柄がグギョリとひねられ、歪んだ装甲の隙間から赤黒い粘液が噴出する。
 わずかに混ざった肉の欠片。

 それは、生き物の血だろうか。

 男のゴーレムは鉈を上げたまま停止した。
 こぼれた液体が大地を染めていく。

 灰色のゴーレムのパイロットは勝利を確信した。

「痛いんだよ、クソ……野郎……」

 掠れた声が言う。

 次の瞬間、斜めに打ち下ろされた鉈が灰色のゴーレムの肩に食い込んだ。
 金属のすれ合う嫌な音をさせながら分厚い刃は進む。

 灰色のゴーレムが慌てて止めようとするも、鉈の勢いは少しも弱まらない。
 両者の機体には隔絶した力の差があるらしい。

 ついには血みどろの大鉈が獲物を完全に断ち割った。
 残骸となった灰色のゴーレムが倒れて転がる。

 粗い断面には人間だったモノがへばり付いていた。
 脇腹の槍を圧し折り、ゴーレムは残る兵士へと目を向ける。

 その後も男のゴーレムは凄惨な殺戮を繰り広げた。
 怯え逃げる者も反撃してくる者も平等に仕留めていく。

 戦場は段々と死体が目立ち始めてきた。
 無慈悲に鉈と盾を振るいながら、男は内心で思う。

(俺は一体、何をしているんだ……)

 煮え滾った心に冷たい自己嫌悪と困惑が滲む。
 衝動には駆られたものの、彼だって本当はこんなことをしたくなかった。

 許されざる行いだ。
 手に伝わる殺人の感触がどうしようもなく気持ち悪い。

 しかし、やらなければならなかった。
 これは報復である。

 大切な人のためにも果たすべき行為なのだ。
 何度も何度も自分に言い聞かせ、男はゴーレムで兵士を殺しまくる。

 男は、自分の中の何かが歪んだのを知覚した。
 越えてはいけない一線。

 もう決して後戻りはできない。

(あぁ、どうしてこんなことに……頼む、誰か教えてくれ)

 良心の呵責に苛まれながら、男は数日前の”転機”を思い出す。

 ◆

 夜も更けた田舎の夜道。
 明滅する外灯の下を灰色のビジネススーツの男が歩いている。

 身長は百七十センチほどだろうか。
 痩せ気味ではあるものの、貧弱な印象は受けない。

 男の足取りはふらふらと頼りなく、特徴に乏しい顔はほんのりと赤かった。
 片手にぶら下げたビニール袋には缶チューハイとツマミが入っている。
 飲み会の帰りなのかもしれない。

 男の名は桐瀬(きりせ)宏太郎(こうたろう)といった。
 二十六歳の彼女なし。

 しがない会社員として働く、小市民気質の日本人である。

「ふわぁ、眠い……」

 桐瀬は大欠伸をしながら頭を掻く。
 左右を田んぼに挟まれた道はひどくぬかるんでいた。

 夕方頃に降った雨のせいだ。

 黒い革靴には跳ねた泥が付着している。
 明日にでも手入れをしなければならない。

 少し面倒な気持ちになりつつ、桐瀬は自宅を目指す。

 最近は激務の連続だった。
 桐瀬は酔いの回った頭で振り返る。

 慣れない業務を押し付けられ、新卒社員の尻拭いを何度もさせられた。
 今週だけでも上司から数え切れないほどの叱責を受けている。

 桐瀬に落ち度がない場合も珍しくない。

 むしろ、他の人間のミスで注意されることの方が多かった。
 理不尽続きで辟易し、アルコールで憂さ晴らしするのも仕方あるまい。

 そんな風に余計な思考を巡らせたせいだろうか。

 桐瀬はぬかるみに足を取らせて大きく体勢を崩した。
 前のめりになってたたらを踏み、脇の田んぼへと上体が傾いていく。

(しまったなぁ。こりゃクリーニングじゃ済まないぞ……)

 桐瀬は内心で冷静に呻く。

 倒れる最中、彼が心配していたのはスーツの被害だった。
 買い替えるとなれば、それなりの金額を要する。

 そこまで困窮しているわけではないものの、手痛い出費には違いない。
 桐瀬は目をつむって衝撃に備える。

 ところが、望まぬ泥へのダイブはいつまで経っても訪れなかった。
 地面に倒れて難を逃れたわけではない。

 両手は依然として宙を掻き、身体は前傾している。
 倒れ切るまでの時間が異様に長いのだ。

 やがて桐瀬は妙な浮遊感を覚える。
 背広が下からの強風に煽られた。

 胃は独特のむかつきを訴える。
 ちょうどジェットコースターに乗った時のようだ。

 明らかにおかしい。
 一体何が起こっているのか。

 不思議に思った桐瀬は、薄目を開いて状況を確かめた。
 そして、年甲斐もなく絶叫する。

「うおっ!? な、なんだああぁぁぁぁっ!?」

 桐瀬の身体は、極彩色の穴を落下していた。
 暴力的なグラデーションが彼の網膜をチカチカと刺激する。

 首をひねって上を向くと、遥か彼方に夜空らしき黒い点が見えた。
 あそこから落ちてきたらしい。

 渦巻く色の濁流に翻弄されながら、桐瀬は再び目を閉じる。

(あー、たぶんこれは酔ってるせいだ。そうそう、居酒屋で飲みすぎたから……)

 理解不能な状況に陥った結果、彼は現実逃避を選んだ。
 安らかな表情で今宵の食事たちを思い出す。

 落下のもたらす恐怖や混乱は意識の外に弾いた。
 それが唯一の救いであるかのように。

 ほどなくして桐瀬の意識は途切れ、彼は世界からその存在を消した。

 ◆

「おーい、起きてー。会社に遅刻しちゃうよー……なんちゃって」

 すぐそばで声がする。
 仰向けで眠っていた桐瀬は、顔を顰めて上体を起こした。

 なんだか頭がぼんやりとする。

 昨晩にアルコールを摂取しすぎたか。
 彼は呆けた顔で周囲に目をやる。

 桐瀬が座るのは、何もない真っ白な空間だった。

 床や天井や壁の境目が分からないほど白い。
 指標となるものがないため、広いのか狭いのかすら不明である。

 もちろん慣れ親しんだ自室ではない。
 桐瀬はようやく異常事態に気付く。

 それと同時に混濁した意識もハッキリしてきた。
 直前の記憶がぶり返す。

 極彩色の穴。果てしない落下。
 酩酊状態の妄想と切り捨てるには、あまりにも現実味がありすぎた。

「ここは、どこだ……?」

「僕のプライベートルームだよー」

「えっ!?」

 予想外の返答に桐瀬はびくりと肩を跳ねさせる。
 独り言のつもりでつぶやいたのに。

 声のした方向を振り向くと、黒髪ロングヘアーの小柄な女が体育座りをしていた。

 女は小首を傾げて桐瀬を見つめていた。
 ダッフルコートを身にまとい、すらりと細い脚は黒いタイツに包まれている。

 艶やかな髪には洒落た飾りを付けていた。
 全体の風貌からは国籍不明な印象を受ける。

 そして何よりも目を引くのはその顔だ。

 彼女は陶器のような質感の白い仮面で素顔を隠していた。
 表面にはインクを零したような模様が施されている。

 観察を続けていると、模様が流動して笑顔を形作った。

 とてもシンプルで稚拙なデザインだ。
 例えるならば子供の描いた落書きである。

 桐瀬に対する好意を示しているのか。
 不気味さだけが際立っており、本当の表情は分からない。

 桐瀬は女の登場に軽く混乱する。
 周囲の様子を確かめた際にはいなかったはずだが。

 ただ、彼女の声で意識が覚醒した気もする。
 怪訝そうにしながらも、桐瀬は疑問を押し留めて尋ねた。

「えっと、あなたは……?」

 女は嬉しそうに立ち上がり、自身の胸を叩く。

「初めまして、キリセ君。僕は神様。今日は君に用事があってここに招待したんだ」

 神を名乗る女を前に、桐瀬は余計に不信感を募らせる。
 当然の反応だろう。

 いきなりそんな風に切り出されては、誰だって距離を取りたがるに違いない。
 桐瀬はどう返答しようか迷う。

 そんな彼をよそに、女は肩をすくめて苦笑した。

「まあ、疑っちゃうのも仕方ないよねー。でも本当なんだ。その証拠にリアルタイムで君の心を読める」

 桐瀬は眉を寄せて悩む。
 信じるか否かの判断ではなく、目の前の女の扱い方に関してである。

 こういう胡散臭い人物の相手は面倒極まりない。
 対応を誤ると危害を加えられる可能性があるからだ。

 この時点で桐瀬は、自分が拉致されたのだと解釈していた。
 動機は不明だがこの神を騙る女が犯人だろう、と。

 頭のおかしい人物だ。
 何をしでかしても不思議ではない。

 珍妙な仮面だってその手のオカルト的なアイテムだと捉えれば納得できる。

 ここで女が芝居がかった調子で口元に手を当てた。
 仮面のインク模様が悲しげな表情に変化する。

「ひどいっ! 僕のことを胡散臭くてオカルトチックで頭のおかしな人だと思うなんて! 君に危害を加えるつもりだってないのに。もう泣いちゃいそう……っていうのは冗談だけど。これで分かったかな? キリセ君の考えることはすべてお見通しだよ」

 女が言い終える頃には、仮面のインクは再び笑顔を浮かべていた。
 どうやら彼女の上っ面の心情を反映させているらしい。

「なる、ほど……一応、信じるさ」

 桐瀬は苦い顔で頷く。

 さすがに内心で抱いたイメージをピンポイントで言い当てられてしまえば、ある程度は納得せざるを得ない。
 少なくとも常人とは異なる力を持っているようだ。

 無神論者である桐瀬は、仕方なく女の主張を受け入れることにする。

 仮面の女――神は嬉しそうに手を打つと、どこからともなく小さなメモ帳を取り出した。
 それをパラパラとめくった後、こほんと咳払いをする。

 どうやらメモの内容を読むつもりらしい。
 彼女はつらつらと語り始めた。

「えーっと、キリセ君には心理的な実験の一環として異世界へ行ってもらいます。これといった使命やこちらから提示する目的はありません。自由に行動しても構わないということだね……うん、だいたいこんな感じかなー」

「おい、いくらなんでもいい加減すぎるだろう」

 桐瀬はすぐさま異議を申し立てる。
 あまりにも雑で投げやりな説明だった。

 本当に理解させる気があるのかと問い詰めたい。
 神はへらへらとした態度で桐瀬を宥める。

「まあまあ、落ち着いて。今からちゃんと話していくからさ」

 そう言って神はぱちんと手を打ち鳴らした。
 すると、二人の傍らに突如としてテーブルセットが出現する。

 ご丁寧なことに、ティーカップに入った紅茶と数種類の洋菓子まで用意されていた。
 神は悠々と腰を下ろし、対面の椅子を桐瀬に勧める。 

「座ってお話しようよ。その方が楽でしょ?」

「……あぁ、確かにそうだな」

 もはやいちいち驚くのも馬鹿らしい。
 桐瀬は促されるままに対面の椅子に座った。

 神は嬉しそうに話を切り出す。

「さっきも言ったけど、君には異世界へ行ってもらいたいんだ。所謂中世ファンタジーっぽい世界だね。剣と魔法って感じで、幻想的なモンスターもいる。それを僕が経過観察させてもらうという寸法さ」

「その辺りは辛うじて理解できた。だが、どうして俺が選ばれたんだ」

 まだ聞きたいことはあったものの、桐瀬は疑問を絞って尋ねる。

 異世界へ派遣するのなら、もっと適した人材がいるはずだろう、というのが彼の感想だった。
 アラサーの冴えない会社員に任せることではあるまい。

 質問を受けた神は何度か頷き、口元に指を当てた。
 インク模様が乱れた後に薄い笑みを見せる。

 どこか意味深な表情だ。 
 彼女は優しく諭すように答えた。

「別に優秀な能力を持った人を異世界へ送りたいわけじゃない。そういう試みは他でやってるからねー。僕としてはむしろ、精神的な素質を重視したいんだ」

「精神的な素質?」

 仮面のインク模様がウインクをする。

「その通り。個々人が心の内側に秘めた本性、とも言い換えられるね。これに優劣はない。ただ、そういった精神構造であるという事実だけなんだ。でもこれが面白くてねー。たまに特殊な気性の人間が生まれるんだ」

 言葉を区切った神は、じっと桐瀬を凝視する。
 インクで描かれた黒い目が、心の奥底を見透かしてくるようだった。

 なんとなく気まずくなった桐瀬は、ぽりぽりと頬を掻く。

 桐瀬は自分が極めて平凡な人間であると認識していた。
 文武両面において目立った成績を残さず、社会人以降も同じ調子だからだ。

 されど欠点を挙げられるほど無能なわけではない。
 可もなく不可もなく。

 何とも中途半端で無個性なのが、桐瀬という男の特徴であった。

 だがしかし、神は桐瀬を特殊な気性の人間だと言う。
 明らかに確信した口調だ。

 根拠でもあるのか。
 露骨に訝しむ桐瀬の視線を受け流し、神は話を続けた。

「僕はそういったユニークな才能が開花して変化する様を見たくてね。そのために選ばれたのが君ってわけさ」

「拒否権はないのか」

「うーん、別に日本に戻してあげてもいいけど、たぶん止めた方がいいと思うよ? 田んぼに落ちた君は上半身が埋まって窒息死する運命だし。異世界に行かなきゃ回避できないイベントだねー」

 桐瀬は顔を顰めて困惑する。

 ほろ酔い状態で田んぼに突っ込んで死んでしまうとは。
 なかなかに悲惨な結末だ。

 あの極彩色の穴に落ちたことで助かったらしい。
 真偽は定かではないものの、真っ赤な嘘だと一蹴するのは怖いものがある。

「ふむ……」

 桐瀬は腕組みをして考えを巡らせた。

 剣と魔法が活躍するファンタジー風の異世界。
 果たしてそんな場所で自分は生きていけるのか。

 しかし、神の頼みを断れば日本であっけなく死亡する。
 決して受け入れられることではない。

 選択の余地はなかった。
 桐瀬は真っ直ぐに神を見据えて宣言する。

「分かった。俺は、異世界に行く」

 神はインク模様で満面の笑みを表現しながら、勢いよく立ち上がって拍手をした。

「素晴らしい! さすがキリセ君だね! 君ならやってくれると信じてたよー。じゃあ、さっそく準備しようか」

 そう言って神は指を鳴らす。
 誰も手を付けなかったティーカップと洋菓子が消え、向かい合わせの椅子とテーブルだけが残った。

 神は上機嫌な様子で話を続ける。

「さて、確認しよう。今から君には異世界へ行ってもらう。ただしこれといった目的や指示はない。何をしてくれてもいい。君の自由だ」

「有難い限りだね。社畜にはもったいない言葉だよ」

「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいな。ちなみにその異世界は魔術による独自技術が発展していてね。きっと退屈しないはずさ」

 不気味な白い仮面は、ニヤニヤとどこか意地の悪い笑みだ。
 神のセリフにも含みがあるように思えた。

 桐瀬はなんとなく嫌な予感がしつつも指摘しない。
 出発直前で余計な不安を抱えたくなかったのである。

 彼の心情を知ってか知らずか、神は申し訳なさそうに言った。

「それとアニメとか漫画でよくある特殊能力のプレゼントは無いからね? さすがに言語関連と生命維持に必要な肉体調整はやっておくけど、実質的には地球にいた頃と変わらないかなぁ。ごめんね、実験趣旨の都合で仕方ないんだ」

「別に構わないさ」

 特殊能力などいらないと言えば嘘になる。
 だが、ここで粘っても無意味なことを桐瀬は悟っていた。

 相手はおそらく神である。

 フレンドリーな態度で忘れがちだが、迂闊な発言が命取りになるかもしれない。
 波風を立てず、事を穏便に進めるべきだろう。

 変に欲張れば身を滅ぼしかねない。
 社会人として培った経験は、桐瀬に安全志向な判断をさせる。

 伝達事項は以上らしく、神は鼻歌混じりに白い空間を徘徊し始めた。
 仮面のインク模様がぐにゃりと歪んでただの染みになる。

 彼女は感情の読めないトーンで桐瀬に告げた。

「名残惜しいけど説明はこれで終わり。いよいよ出発の時間だ。準備はできているかい?」

「あぁ」

 椅子に座ったまま、桐瀬は緊張気味に頷く。
 もはや後戻りはできない。

 神はゆったりとした動作で右腕を掲げた。

「うんうん、いい心意気だね。陰ながら応援しているよ。それじゃ、頑張ってねー」

 神の右手が指を鳴らす。
 ぱちんと音がした後、そこに桐瀬の姿はなかった。

【第2話】
「屑鉄細工の殺人機 ~異世界で搭乗型ゴーレムのパイロットになった~」第2話|結城からく (note.com)

【第3話】
「屑鉄細工の殺人機 ~異世界で搭乗型ゴーレムのパイロットになった~」第3話|結城からく (note.com)

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