「不運な勇者はガチャ課金厨 ~金はないけど十連回す~」第2話

 ファンタジーの知識に疎い俺でもさすがに知っている。
 こいつはゴブリンだ。

「――! ――――ッ!!」

 ゴブリンが何か喚いている。
 しかし意味は分からない。

 異世界人のデフォルト能力なのか、こっちの人間とは不自由なく会話ができているが、魔物の言語はまた別物なのか。
 でも、異形だった魔王軍の四天王とは意思疎通できたな。
 一体どういった基準で言葉が通じるのやら。

 余計なことを考えながらも、俺は拳銃の照準をしっかりとゴブリンに合わせていた。

 ぶっ殺してやる。慈悲はない。
 命を奪うことに多少の抵抗があるものの、攻撃を躊躇えば俺が死ぬ。

 ここはそういう残酷な世界。
 勇者なんてクソッたれな役割を押し付けられた時点で、お察しってやつさ。

 我ながら順応が早すぎる気がしないでもないが、生きるためには好都合である。

「四天王だって瞬殺だった。ゴブリンなんて楽勝でしょ」

「――――ッ!? ――、――――!!」

 俺の挑発を理解したのか知らないが、ゴブリンが激昂して跳びかかってきた。

 振り上げられた棍棒。
 あれで殴るつもりだろう。

 まあ、甘いね。
 そんな馬鹿正直な突進が通用すると思ったのか。
 距離だって一瞬で詰められるほど近くない。

 俺は落ち着いて拳銃の撃鉄を起こし、引き絞るように発砲した。

 直後、腕に伝わる衝撃。
 乾いた銃声が鼓膜を叩く。

 放たれた弾丸は、ゴブリンの腹部に炸裂した。
 ゴブリンはもんどりうって叫びだす。

「――――ッ!? ――――ッ!!」

「……痛いのは分かってるから。すぐ楽にしてやるよ」

 俺は悶絶するゴブリンに歩み寄り、立て続けに銃撃を食らわせた。

 あっけなくゴブリンは力尽きて動かなくなる。
 鮮血がじわじわと地面に広がっていった。

「ったく、嫌な感じだ……」

 俺はその場に唾を吐いてぼやく。

 割り切っていたつもりでも、いざ殺してみると気分が悪い。
 四天王を倒した時に比べれば、この手で命を奪ったという感触が強かった。

 拳銃でこの調子だと、刃物や鈍器ではもっとキツそうだ。
 こればかりは慣れるしかあるまい。

 自分自身に言い聞かせながら、俺は拳銃の弾を装填し直す。

 今ので五発使った。
 残り二十五発。
 積極的にガチャを回して、弾をストックしておかねば。

 俺が戦闘の余韻に浸っていると、唐突に叫び声が聞こえてきた。

「い、いやっ! やめてくださいっ!!」

 若い女の声だ。
 かなり切迫した印象を受ける。

 それからすぐに、金属を打ち合わせるような音も鳴りだした。
 キンキンと甲高い音が連続で響き渡る。

「誰かが戦っているのか……?」

 これはどうするべきなのだろう。

 厄介事を避けてこの場を離れた方がいいのか。
 それとも、様子を見に行って場合によっては助けるか。

 他人を気遣うほどの余裕がないのは分かっている。
 しかし、このまま他人として帰還するのは、どうにも納得がいかない。

「――仕方ねーな。危なかったら逃げる。すぐに逃げるからな!」

 数秒の葛藤を経て、俺は叫び声の聞こえた方向へ走った。
 拳銃はいつでも撃てるようにしておく。

 声と音がしたのはそう遠くない場所からだった。
 邪魔な茂みを掻き分け、木々の間を縫うように駆け抜ける。

 視界はすぐに開けた。
 俺は肩で息をしながら状況を確かめる。
 そこにいたのは、数匹のゴブリンに追い詰められる少女だった。

 森の中で、少女がゴブリンに襲われようとしている。
 そんな場面に遭遇した俺は、深いため息を吐いた。

「……助けるしかねーか」

 ここまで来て見過ごせるほど、俺は薄情ではない。
 幸いにも拳銃だってある。
 ゴブリンどもが相手でも戦えるだろう。

 少女は険しい顔で剣を振り、近付くゴブリンを牽制していた。
 よく見れば衣服の上から革鎧を着けている。
 俺と同じ冒険者なのかな。

 対するゴブリンは四匹。
 どいつも下卑た笑みで少女をおちょくっている。
 人数差があるもんな。
 余裕ぶった態度にもなるさ。

 おそらく少女の体力が尽きたタイミングで、本格的に襲うつもりなのだろう。
 下手に焦って怪我をするより、じわじわと追い詰める方が安全だからね。
 ゴブリンの割には無難な策である。

 このままだと時間の問題か。
 状況を粗方察した俺は、亜空間リストから一枚のカードを取り出した。
 仄かに光ったカードは幻のように薄れて消える。

「よし、これで大丈夫なはず」

 使用した能力は【UN 命中率上昇】だ。
 さすがに少女を誤射したら笑えないからね。
 万が一の保険をかけておいた。

 俺は片膝を立てて拳銃を構える。
 幸いにもゴブリンたちはこちらの存在に気付いていない。
 目の前の少女に夢中らしい。

 呑気なヤツらだ。
 すぐにあの世へ送ってやろう。

 俺は一匹のゴブリンに目を付ける。
 先ほどよりもずっと狙いやすい。

 さすがチートの特殊能力だ。
 これならば絶対に当てられる。
 成功の確信を得ながら、俺は引き金を引いた。

 次の瞬間、目論見通りにゴブリンの頭部が弾ける。
 脳漿と血液と頭蓋が一緒になって四散した。
 頭の欠けたゴブリンは、白目を剥いて倒れる。

 さらに続けて二発。
 一匹目の横にいたゴブリンの腹と胸に穴が開いて崩れ落ちた。

 俺はゆっくりと呼吸しながら撃鉄を起こす。

「これで、残り二匹……」

 思ったより簡単じゃないか。
 もう殲滅できそうだ。

「――――!!」

「うるさい」

 ようやく俺に気付いたゴブリンのうち、こちらへ駆け出そうとした方の顔面を撃ち抜く。
 撒き散らされる肉片。
 痙攣する死体を眺めながら、俺は立ち上がった。

「これで最後だ」

「――っ! ――――っ!」

 生き残りのゴブリンが、何事かを喚きながら踵を返した。
 そのまま武器を投げ捨てて走り去ろうとする。

「逃がすかよ」

 後々になって仲間を呼ばれたりしても困る。
 さっさと殺してしまうに限るだろう。

 弾の節約のため、俺は亜空間リストからナイフを取り、それを勢いよく投擲する。

 回転するナイフは緩いカーブを描きながら、スコンと音を立ててゴブリンの後頭部に刺さった。
 ゴブリンは糸の切れた人形にように地面を転がって息絶える。

「ふぅ、無事に仕留められたね」

 死んだゴブリンからナイフを引き抜き、亜空間リストに戻しておく。
 汚いけどナイフは色々と使い道があるからね。
 もったいない精神を大事にしなければ。 

 俺は襲われていた少女の様子を確かめる。

 少女は木の幹に背を預けて、こちらを凝視していた。

 一瞬、怖がられているのかと思った。
 拳銃なんてよく分からない武器でゴブリンを虐殺したのだ。
 そんなリアクションも納得できる。

 しかし、現実は違った。

 少女はあろうことか、目をキラキラと輝かせて俺を見つめていたのである。
 そこに感動やら尊敬の念が感じられるのは気のせいではあるまい。

「えっ、なにその眼差し……」

 濃密に漂う厄介事の予感。
 俺は知らず知らずのうちに頬をひくりと引き攣らせた。

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