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ある料理屋で - 「ベラルーシ」の余韻

仕事は代休をとって、朝からルポのようなエッセイのようなものを読んでいた。

この間の同作者の小説がいまいち好みではなかったので (冒頭のnoteに感想を書いた)、彼女の筆力とそこに描かれているヨーロッパの空気が素直に自分に浸透してくるのに170ページほどかかった。

でもある地点から、もう認めざるを得なかった。なんと素晴らしい文章だと。

一度浸透してきたらあとはあっという間だ。何度も、その風景に圧倒された。

資本主義とはなんだろうと、イギリスの大学卒業後の2年半で初めて旅に出たくなった。

人生についてのQ&A

圧倒されたまま、つまりエモさを引きずったまま、昼食に出た。

昨日の夜、父親の誕生日祝いもかねて食べに出た近所のイタリアンに、そのまま入った。シェフとウェイターの男性2人だけで営んでいる小さなお店で、もう顔馴染みだ。

入ったのが遅かったので、1組、2組と消えて最後に一人だけ残ってしまった。2日連続なので、普段より親近感もあったのか、ウェイターの方と会話が弾んだ。

「失礼な質問してもいいですか」

途中で彼が切り出す。昨日彼が父親に「何歳になったんですか」と聞いた流れから、年齢のことだろうと容易に想像がついたし、それは当たっていた。

「25歳です」

用意していた回答を、とくにひねらず素直に答える。

「人生楽しいですか」

と、彼は続ける。

「概ね」

と、わたしは答える。

「楽しくないときもあるんだ」

「まぁ、ありますよね」

ちょっと考え直す。

「楽しくないんじゃなくて、思い通りにいかないことは、ありますよね」

反応を見るに、彼にとってはどちらもあまり変わらなかったようだ。

「どうなんですか」

聞く相手はほかに誰もいないのに、そして会話として大して不自然な流れでもなかったのに、同じ質問を返すと彼はびっくりしたようなふりをした。

「あ、あぁ、僕ですか。概ね、楽しくないです」

意外な回答だった。

いつも自然体で、よく気がきく。顔も覚えていてくれるし、ワインのこともよくしっている。料理だけでなく彼のプロの仕事ぶりも、このお店を好きな理由の人だったからだ。

「考えているようでなんも考えてなかった。適当だから、後で後悔する。30超えると大変だ。」

プロポーズに聞こえなくもない。

しばらく、店員とお客にしては真剣な (そして個人的な) 会話をした。

荒波

「なんか嫌なことでもあったんですか。それともそんな顔なの?」

帰り際、外まで送ってくれながら彼が言う。 

2つ目の質問は、もともとそういう表情をするのかということだと思う。

エモさを引きずりすぎていたようだ。

「荒波にもまれてきてください」

わたしが逗子生まれ逗子育ち、都内在住ということをすっかり把握した彼が言う。

「荒波にねぇ。もまれてきます」

そもそも荒波に乗れなくなっちゃったんだよなぁ、と別れてから数分後に思う。

また一人で行く気がした。


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