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社会人大学院生だった1年を振り返ってみた

 2021年度も今日で終わり。2021年度はわたしにとって「40歳」という節目の年だったのですが、そんなタイミングに1年間休職して大学院に行くということをやってました。その学生生活が終わって明日からは元の職場に戻ることになりますので、今回はその振り返りの記事を書いておこうと思います。結論から言っておくと、「しんどいこともあったけど楽しかった!」ということになります。

どこに行ってたの?

 まず、行っていたところについて。政策研究大学院大学(長い…)という国立大学法人で、その中の「まちづくりプログラム」というところです。この大学は基本的に1年間で修士課程をやり切るというプログラムで、自治体や中央省庁出身者が多いという特徴があります。

 このプログラムの目標として掲げられているのは「自治体行政と呼ばれる全ての分野を対象とした経済的分析手法の習得とその高度な政策的能力を涵養すること」。要するに、現在生じている問題に対して仮説をもとにミクロ経済学の手法を用いた分析を行うことで実態を理解し、それを今後の政策提言として提案できるようになることです。こんなイメージが公式webサイトにあります。

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なぜ?

 元々役人やってまして、その後に転職してからも個人活動として自治体行政に関して色々発信してたり、しまいには選挙に出馬してみたりということで、何かしらずっと行政には関わってきています。これらの経験からずっと自分の中で課題意識としてあったのが、どうすれば様々な政策の効果を正しく測り、自律的な改善サイクルを定着させることができるのかという点でした。
 営利企業では、サービスの利用者の声をヒアリングして、そこで得られた意見を反映してサービスを向上させるという営みは当たり前に行われています。しかし、行政サービスの場合にこういったことは稀です。すでにあるサービスを自主的に改めるということは基本的に行われず、一方の住民も面倒臭いと思いながらもそういうもんだと半ば諦めながら利用しているのが現状です。

 あまりに不便だったり問題があったりようなケースであれば、そういった声を集めることで政治家や社会起業家の人たちが先導して声を上げて、行政に対して改善を求めるという動きはあります。こういった動きはそれはそれで素晴らしいのですが、同時に感じざるを得ないのは、この個別のモグラ叩きをいつまで続けなければならないのかということです。なぜ、行政組織の中で自律的に既存の問題を発見し、解消していくプロセスを行政の運営の中に組み込むことはできないのかということを常々考えてきました。

 そんなことを考えていく中で出会ったのが政策を経済学の手法で定量的に分析するという手法でした。そのきっかけとなったのは「政策評価のための因果関係の見つけ方」という本。

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4535559341/yukihoz-22/

 元々は自然科学の分野で因果関係を明らかにするために使われていたランダム化比較試験(RCT)などの様々な手法を政策の分析にどのように活かせるのかについて海外の事例を踏まえ具体的に書かれています。ちなみに、ランダム化比較試験とはざっくり言うと、施策の対象とするグループと対象としないグループをランダムに割り当てて、両グループのその後を比較することで施策の効果を把握するようなもの。

 この手の検証はこれまでの行政ではほとんど行われていませんでした。これは厳密な因果関係を明らかにする手法がそもそも存在せず、かつそれを行政のプロセスの中に組み入れることもできていないことが原因ですが、近年の実験的な手法の開発やテクノロジーの発達によって実現への難易度は過去よりも下がっています。EBPM(Evidence Based Policy Making、エビデンスに基づく政策立案)という言葉も最近ようやく普及してきているように、この方向性は(進む速度が速いか遅いかはあれ)今後も続くと思われ、このようなスキルを身につけたいと考えたのでした。

 そんな中で見つけたのがこの大学のプログラム。過去の修士論文などを見ても、現在生じている問題に対して仮説をもとにミクロ経済学の手法を用いた分析を行うことで実態を理解し、それを今後の政策提言として提案するというきっちりした型があり、わたしが求めているものにかなり近いのではないかと思い志望するに至りました。

 ちなみに、この大学じゃないとこういった分野が学べないというわけではありません。わたしが探していたタイミングが秋頃で、あんまり選択肢がなかったというのが正直なところで、今の時期であればもっと多くの選択肢があるのではないかとは思います。また、子どもも小さいので遠方への通いは難しいというのも要件でした。本気でやるなら米国の大学がやっぱり本場なんじゃないかと思います。

どんなことやってたの?

 講義としてはメインはミクロ経済学ではありつつも、関連する分野についてあれこれ学んでいました。有名どころで言うと、様々なメディアで政治に関する記事を寄稿されている竹中治堅先生の政治学に関する講義だったりとか、新型コロナウイルスの感染の予測でこれまたメディアで多々取り上げられていた土谷隆先生のデータサイエンスの講義など。

 メインで学んでいたミクロ経済学も、そしてたまたま取ってたデータサイエンスも共通するのは数学の素養が不可欠という点で、これにはさんざん苦しめられました。先生方は「高校程度の数学で大丈夫ですから〜」なんて簡単に言っちゃってるのですがその言ってる中身が数学Ⅲ・Cだったりします。一方で、こちらは文系選択だったのでそもそも数学Ⅲ・Cは学んでませんし、数学Ⅱ・Bで泣きそうになってた程度のレベル感。最終的にはStataやRなどの解析ソフトを使うことになるので理論的な部分の理解があいまいであれデータと解析手法のテンプレがあれば何とかなると言えばなるのですが、改めて数学を学んだ上で改めて学び直したいという気持ちはあります。

 修論として取り組んでいたのは、生活保護を受給することによる就労への影響。生活保護は、ご存知のとおり憲法で保障された「健康で文化的な最低限度の生活」を維持するための「最後のセーフティーネット」ですが、その依存性について前々から経済学の視点から批判されてきました。ひとたび生活保護を受け始めると働かなくても生活費をもらえるようになることから、本当は働けるような人もあえてそこから抜け出そうという気がなくなってしまう、というような批判です。
 しかしながら、一方で被保護世帯の方が働いていないわけではないということも明らかになってきています。たとえば林正義氏は非保護世帯の勤労状況を大規模データから分析し、多くの世帯がそれなりの所得を得ているということを明らかにしています。また、被保護世帯とそれ以外の世帯とを単純に比較して「就労してないじゃないか」というのもムチャな話です。なぜなら、元々身体的なり精神的なり何らかの問題があるからこそ生活保護を受けているためです。このような問題意識に立って、研究としては生活保護を受給することによる影響はどうなっているのかという点について実証分析を行ったのでした。

 生活保護の受給は就労に影響を及ぼすかという点を明らかにするために課題となるのは、どうやってこの比較を行うか、ということ。受給できるかどうかはあくまで申請に基づくもので、ランダムに割り当てられるわけではありませんので、被保護世帯とそれ以外の世帯は所得や家族構成など様々な点で違いがあります。したがって、先に触れたとおり両者の就労状況を単純に比較したところで、その違いが生活保護が原因!とは言えないわけです。

 厳密に政策効果を明らかにするために最良の方法とされているのはRCTですがこれはまさに実験でして、この例で言うと同じくらい貧しい人たちを集めて、片方には生活保護を給付して片方には給付しないでその経過を見るということであって、倫理的に問題があります。
 擬似的にRCTに近い状態を作り出すことで政策の因果関係に迫ろうという一つの解決策としてわたしが修論で取り上げたのが「傾向スコアマッチング」という手法。詳細はまたいつか書くかもですが、これは「傾向スコア」という指標を設けて、それぞれの世帯からこのスコアが同等である世帯のみを抽出することで、両者の属性の違いを平準化しようというもの。これを図示したのがこちら。

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 最終的な結果としてはこんな感じ。横軸は受給してからの期間。「1」であれば受給から1年後、「5」であれば受給から5年後の意味。縦軸は世帯の所得の変化の割合。0よりも下ということはマイナス、0より上であればプラスになっているということを意味します。そして、「処置群」とある赤の線が被保護世帯、「比較群」とある青の線がその他の世帯です。 

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 この実証結果が示唆するのは「生活保護の受給が就労を抑制させているであろう」ということ。青色のその他の世帯が年を経るごとに少しずつ所得が上がっているのに対して、赤色の被保護世帯は受給以降ずっとマイナスで、ほぼ横ばいの状態にあります。
 ちなみに上記の分析は勤労所得で行っていますが、労働時間で同様の分析を行っても結果は同じような感じでした。これの結果を踏まえると、やはり現行の生活保護の制度は被保護者の就労を抑制させる効果が今もあるということが言えそう、というのが論文での結論です。

 論文では上記の結論に加えて政策提言もセットで行っています。方向性としては受給者の就労インセンティブを増すような制度へと改善させていくべきということで、「勤労控除の拡大」「就労自立給付金の拡大」「給付つき税額控除の導入」の3つを挙げています。

 時間の制約もあったことから至らない点も多々あり、恥ずかしい限りですがWeb上に公開されたようなのでリンクを貼っておきます。

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム 修士論文

実際どうだった?

 この1年を振り返ってみて、総じて良い経験ができたなと感じています。人生80年と考えたときの折り返し地点として、仕事をひと休みしつつこれからの半生を生きるにあたっての種を仕込むことができたという点で非常に有意義でした。

 1つは論文の作成と学会等への投稿という基本的な学問のお作法を学ぶことができたという点。修論としては今回は上記に挙げた生活保護をテーマにしましたが、検討段階では別のテーマも色々と考えていました。学生という立場は今年度限りではありますが学会に入れば継続して論文の投稿は可能のようなので、近々論文という形で学会等に投稿という形で世の中に出していけたらと考えております。

 もう1つは大学とは直接関係ないですが、多少時間の余裕があったということで興味のある勉強を進められたという点。たとえば、プログラミング。これまでGlideやFlourishなどのノーコードのサービスを使って情報発信をいくつかやってきましたが限界を感じていて、まとまった時間を取って学びたいと思っていたのでした。まだまだ道半ばではありますがPythonの講座を学んで、サービスのリリースにまでこぎつけることができました。こちらも1つのサービスを立ち上げる中で作り方の「型」を学ぶことができたので、今後も色んなサービスを作ることができそうです。

🧐 議会の議事録ビジュアライズ(β)@中央区

 最後に、これまでの半生を振り返って、これからの生き方についてゆっくりと考えられたという点。何をして、どのように生きるかみたいなことはなかなか日々の忙しい生活の中では考えるのが難しいのではないでしょうか。まだきれいさっぱり整理できた、というわけではないのですが色々思うところもあり。今後の発信でこの辺りも少しずつ発信できたらと考えております。

最後に

 年度末にあたって、ざざっとですが1年の振り返りについて書いてきました。何よりも快く休職を許容してくれたフローレンスの皆様、家族に感謝です。4月からは元々いた部署に戻ることになっています。仕事の中身としてはシステム関係の部署なので直接に学んだ内容が活かせるというわけではないですが役割は着実に果たしつつ、社内には色々と横断的なプロジェクトが走ってたりするので政策提言関係のプロジェクトには積極的に手を挙げていこうと思っております。引き続き、中央区関係での発信も続けていきます。4月からも、どうぞよろしくお願いいたします!

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お気に入りだったテラス席。


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