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連作30首「World History Record」

灰色の距離を抱けばあなたとは神聖ローマ帝国の愛

英雄はいつも遅れてやってくる 砂漠に雪が降らないように

懸命に牛をみがいていた 星を助けるために他はなかった

海よりもやるせないのは心臓が他人の心臓を食べるそのこと

海馬、海驢、海象、海豹らから成る干支があってもいいような雨夜

何千年勘違いしているんだろう眼窩を泳ぐアンモナイトは

王妃なら甘い涙で泣いていた パンがないならケーキで拭いた

地図上のシルクロードをなぞるとき遠い霙に指はふるえて

気高さを刈りつくしては新たなる気高さ植うる遊牧者たれ

(ミルトンの失楽園で会いましょう) 四世紀後の迷惑メール

爪先はマンハッタンの夜のなか冷えきった光がこそばゆい

死海で釣れた魚から成るフルコース誰にも口をつけられないで

Napoléon 夏の蝶から放たれる世界史のなか生きていきましょ

翻訳の隙間に落ちたものたちが海底になす小国はある

国境をひくようにして前髪を上手く分けられないでいる朝

キセノンの香りの部屋を抜け出した十九世紀末の雪の日

数々の神話をこえて描かれる同じ手相の巨きな右手

アイゼンの刃で殺された 探偵のやさしさはいつもすこしおそくて

トランプのマークがそろったら捨てる 色んな人を少しずつ恋ふ

満天のギリシャ神話へ一匹の鯱に飛び乗り、乗り込みたいよ

指揮棒を火とまちがひて存在のあやふげになるフィルハーモニー

独裁の青年が見るやはらかな風を何度も出られない夢

掬うのにこぼれてしまう小野菜 天皇誕生日の夜は明かし

ざわめける冬の桜の枝影にマルキ・ド・サドの筆跡を見る

午未申酉戌亥 また同じ檻に生まれてどうぞよろしく

デトロイト 冷凍庫から冷蔵庫へ移しておいて待つ ブリストル

観覧車を初めて設計したフェリス いつもどこかで窓は明るいぜ

窓際の鸚哥はミロのヴィーナスの腕にとまった夢をみている

氷山で押し相撲しよう君のその長い病気がなおったあとで

世界史のどのページにも載っていない、そして載らない夜の泡立ち

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