大切なことだってわりと君たちが教えてくれた
「ボッテガでもセリーヌでもなく、narumiさんのTシャツが欲しい」
だだっ広い殺風景な1LDKの白い壁を真っ直ぐに見つめながら、僕の彼女はそう言い放った。
「スズリで同じの買えばよくない?」
彼女から返事はない。きっとこの部屋の白い壁にシミが無いことを恨んでいるに違いない。いったいこのヒゲの、うんこ好きの、「ザラはどこ?」なんてしょーもない記事を書いていた所沢出身の男のどこがそんなにいいのか。
「どこがそんなに好き?」
「声。narumiさんの声で妊娠しそう。」
そうか。このヒゲの、就職活動もしないで卓球やってたモー娘ドンジャラ好きの男に、僕は負けたのか。
「narumiさんが着てたのと同じあのシュプリームみないなやつ、あれにしよう。」
「じゃあM買っといて。」
だだっ広い真っ白な壁に、僕の好きな人の好きな人の声と、声の高い変な人とのプロ野球チップスの会話と、僅かに聞こえるジャジーなBGMが鳴り響いて、僕の部屋は一瞬にして幸せに包まれた。
「バッファローズじゃなくってバファローズなんだ。」
また一つどうでもいいことを知った彼女は、満足気にそう呟いて、僕の心は満たされた。
クーラーをガンガンに効かせたこの部屋の壁に、ほぼ正方形に投影されたタッチの再放送を二人並んで見ながら、僕はぼんやりと、でも確実に小学生の頃の夏休みを思い出していた。
彼女の体温を左腕に感じながら、僕の部屋の真っ白な壁にシミがないことをありがたく思ったし、この部屋にスリッパがなくて本当によかった、と心から思った。