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#1お題『異世界転生』※脚本形式

〇病院・病室
  病院の外観。
  ベットに横たわる患者の遺体。
  頭を下げる医者の野本健司(35)
健司「最善は尽くしましたが……」
  顔を覆い泣き崩れる遺族。
  口をつぐむ健司。

〇病院・駐車場(深夜)
  上着のポケットに手を入れ、背中を丸めて歩く健司。
健司「はぁ……」
  と、溜息をつく。
  背後から誰かの足音。
  振り返る健司。
  ナイフを持った男が健司の腹を刺す。
健司「ぐふっ」
  血を吐いて倒れる健司。
男「お前のせいで……」
  拳を強く握る男。
健司M「あぁ、またか」
健司M「医者になんてなるんじゃなかった」
健司M「医者なんてクソだ。患者のために一生 
 懸命働いたって、良いことなんか何にもない」
健司M「恨まれ、憎まれ、罵倒される。それが 
 医者の現実だ」
  血だらけの手のひらを見る健司。
  意識が遠のき、視界が曇る。
健司M「もうダメみたいだ」
健司M「生まれ変わるなら、もう二度と医者に 
 なんてならない」
  視界が真っ白になる。

〇村はずれ・木の上(朝)
  澄んだ青空。
  木の上であくびをしている健司の転生体、アレク(15)。
アレクM「こうして俺は異世界転生をした」
アレクM「今の俺の名前はアレク。小さな村で
 農民をやっている」
アレクM「幸いにもこの15年間、医療とは無縁の家に生まれ、普通の家の子どもとして育った」
アレクM「自給自足をしなければいけない世界ではあるが、やりがい搾取も長時間労働もない、クリーンな環境だ」
アレクM「とても気が楽だ。異世界転生としては成功のうちに入るだろう」
  アレクの頭に小石が当たる。
アレク「痛っ」
  木の下を見る。
  幼なじみの少女ミレナ(15)が眉をしかめ、手を腰に当てている。
ミレナ「まーたサボってる」
アレク「うるせーな、放っておけよ」
ミレナ「一人で畑仕事してるおじさんが可哀そうじゃない」
アレク「親父はそんなヤワじゃねぇよ」
ミレナ「もう……いつまでも養ってもらえる立場じゃないんだから、しっか   りしなさいよ。私だっていつか居なくなるんだし……」
アレク「どういう意味だ?」
  ミレナ、アレクから視線を逸らし、
ミレナ「縁談の話があるの。近いうちに城下町に行く予定よ」
ミレナの顔を凝視するアレク、
アレク「もうそんな歳か。そりゃそうだよな……」
  と、肩をすくめる。
ミレナ「とにかく、早くそこから降りなさい」
アレク「はいはい」

〇カーシャ村・畑(朝)
  畑仕事をしているアレク、額の汗を拭う。
アレクM「ただの農民で一生を終えたって構わ 
ない」
アレクM「前世で医者をしていた時よりも全然マシだ。二度目の俺の人生は安  泰だ」
アレクM「だけど……本当にこのままで良いのだろうか」
アレクM「この世界の俺の役割って一体何なのだろうか」
  手を止め、立ち尽くすアレク。
  と同時に、村の入口から、ミレナの父ダンケ(38)の叫び声が聞こえてくる。
ダンケ「大変だ! 誰か! 誰か助けてくれ!」

〇同・村の入口
  人だかりを掻き分け、前へ進むアレク。
  傷を負ったダンケを見つける。
ダンケ「帰る途中、魔物に襲われちまって……どうにか逃げてきたが……」
  ダンケが血だらけのミレナを抱えている。
アレク「どうしてこんなことに……」
ダンケ「ちきしょう……ちきしょう……」
  涙を浮かべているダンケ。
  と、そこへ村長(72)が現れ、
村長「この村に医者はおらん。どうすればええ 
んじゃ……」
  と、手を震わせ狼狽える。
拳を握るアレク。
アレク「くそっ……」
  数秒の沈黙の後、
アレク「俺がやる」
  村人が一斉にアレクを見る。
アレク「このままだと危ない。頭の傷口を縫うしかない」
ダンケ「黙れ! お前に何が出来る!」
アレク「出来るさ! 俺は医者だ!」
ダンケ「なっ……」
  目を見開くダンケ。
アレク「頼む、信じてくれ」
  ダンケの顔を見るアレク。
  数秒黙り込んだ後、
ダンケ「娘を頼む……」
  抱えていたミレナをアレクに手渡す。
  ミレナを預かったアレク、
アレク「待ってろよ。今助けてやるからな」
  と、ダンケに背を向け、家へと向かう。

〇ミレナの家・寝室
針を持つアレク。
  ミレナの頭の傷を慎重に縫っていく。
  外の景色が、昼から夜に変わる。
  縫合が終わり、ミレナの寝顔を見つめ、大きく息を吐き、
アレク「ふっ、皮肉なもんだな……」
  目に涙が伝う。

〇村はずれ・海辺
  T『一週間後』
  頭に包帯を巻いているミレナ。
  長い髪を手で押さえ、海辺を歩く。
ミレナの後ろを歩くアレク。
アレク「具合はどうだ?」
ミレナ「うん、調子いいよ」
アレク「そりゃ良かった」
  ミレナ、足を止め、振り返ってアレクを見る。
ミレナ「ねぇアレク……」
アレク「なんだよ」
ミレナ「助けてくれてありがとう」
  笑みを浮かべるミレナ。
アレク「お、おう……」
  頭を掻くアレク。
ミレナ「医療の知識、あったんだね」
アレク「まぁ少し……応急措置だけどな」
  視線を逸らすアレク、海を見つめ、
アレク「ミレナが生きてて良かった……」
  と、ぽつりと呟く。
  ミレナとアレクの髪が風に揺れる。
アレクM「前世の時の、人を救って感謝されたことを思い出した」
アレクM「どうやら、こんなダメな俺でも、この世界に必要とされているらしい」
  アレク、掌を握りしめる。
ミレナ「よし、決めた。結婚はやめにする」
アレク「えっ?」
ミレナ「私も医者になる」
アレク「お、おい……良いのか?」
ミレナ「止めないで。もう決めたんだから」
  ミレナ、眉を吊り上げ、アレクを見る。
アレク「言っておくが……辛いことの方が多いぞ」
ミレナ「それでもいいの。一人でも多く誰かを救えるなら」
  数秒の沈黙の後、
アレク「なら、やってみればいい」
ミレナ「うん! 頑張る!」
  ミレナ、声が弾む。
アレク「俺も、頑張らないとな……」
ミレナ「じゃあ、一緒に勉強しようよ」
  アレク、腕を首の後ろに組み、
アレク「おう、そうすっか!」
  と、ミレナを見て、ニコリと笑う。
  澄んだ青空。         
                   
                   終


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