自然の恵みに感謝するということ

とても小さな試みである、マイ畑。

その畑にタネをまいてから変わったことがある。

それは、天気に対しての考え方だ。


畑に手をつけるまでは単純に、天候が晴れなら、出かけやすいし、あたたかくて気分も軽やかでうれしい。なんとなくハッピーだ。

逆に、雨が降っていたなら、傘を差してもぬれてしまったりするし、長靴とかを履かないと靴もぬれる。外に出るのもちょっと億劫だし、たいがい憂鬱だった。


でも今は、雨が降ると、

恵みの雨だ!

と思う。

逆に、熱い晴れの日が続いていたりすると心配になる。

芽が出る前の畑の土が乾きすぎてしまうのを恐れるためだ。


畑があるのは実家で、今の自分の住まいから、ひと駅先が実家の最寄駅。

だが実家の最寄駅から実家までは徒歩30分。

車もないので、思い立ったらすぐに行ける距離でもない。

そうなると、そうそう頻繁に水をまきにいくわけにもいかない。


まあ、ある程度の水やりをしておけば、

そんなに毎日水をやらなくても大丈夫だそうなのだが、

だからといって、うっかりしたり、仕事ややることがたてこんでいて

すぐに水やりに向かえずに、土が乾ききってしまえば、最悪芽が出ないということもおこりうる。

晴天が続きすぎれば、土が乾ききらないかどうかハラハラしてくる。

そうすると、このまま野菜ができなかったらどうしよう、と思う。


なにごとも最初からうまくはいかない。

失敗はつきものであろうが、

あついな、と思うくらいの晴れの日が続いていて、

水やりに行ける状態ではなく心配になっている頃に、

ちょうどいいタイミングで雨が降りそそぐと、

自然よ!ありがとう!助かった

という気持ちになる。ふだんはいやだなーと思っていた雨に

感謝の念がわく。ありがたいことだと。


まあ、自分の畑においてはそれだけでうまくいくとは限らないのだけど、

農業に携わる人たちは多かれ少なかれ、天候に左右される。

農業に従事している父もやはり天気予報は常にチェックしていた。


天候とは自然のものであり、自分ではどうすることもできない。

だからこそ、その天候に抗わずに、そのときどきの天候に応じた行動をする。

農作物の出来不出来も天候によったりするから、

天候や自然とうまくつきあっていくほかない。


自然の恵みがあってこそ、おいしい野菜ができるのだなあと思えた。

人間とは、自然とともに生きている、というか自然に生かされているのだなと。

畑を始めたといっても、ちょろっと手をつけたというほうが正しいくらいのささやかな行動しかしていない。

けれど、たったそれだけでも、自然に寄り添った視点が身近になった。


畑を始めたことで、自分の考え方や視点が変化したというのもおもしろいものだ。







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