中国共産党100周年祝賀演説に視る中国の岐路(2021年7月執筆)

今月1日中国共産党100年目の誕生祝賀会で習近平主席は、中国は「大股で時代に追いつ」き、小康社会(ややゆとりのある社会)になったので、今後は「歴史を鑑(教訓)に未来を切り開く」という演説をしました。習主席の下、中国共産党管理の下、対内的には社会の矛盾と戦い、対外的には人類運命共同体を後押しするといい、外交安保面では、軍の近代化と「独立自主」の平和外交を謳い、「中国は常に世界平和の建設者、世界発展の貢献者、国際秩序の擁護者である」一方、外国による干渉には断固反対しました。*

アメリカの演説を聞き慣れているせいか、演説を読む限り、
・ナショナリズムをあまり煽っていない(祝賀会自体にはそうした演出はありました)
・ビジョンや将来の政策に関する具体的な内容にあまり踏み込んでいない
・国内の引き締めを強調している
・外国への攻めの姿勢ではない(アメリカからの介入には断固反対という受け身に終始)
・歴史を教訓とするという割には、文化革命等過去の過ちについては触れていない
という所感を持ちました。

日本経済新聞の秋田浩之氏は、潜在的成長力の鈍化・財政悪化、党内の腐敗問題、格差問題、社会報奨制度の未整備なまま高齢化社会への進展等国内での課題が山積しており、習主席は自信過剰と不安症を併発と分析しています。**確かに、その合併症が、香港、ウィグル等への強硬路線にも表れています。

著者も同意見なのですが、もう少し踏み込んでみたいと思います。このような国内的に節目となり、世界が注目するような演説であればこそ、中国の考える「ありたい世界」像を語りたくなると思われますが、ありません。むしろ、「世界秩序の擁護」という言葉は現状維持を望むということを意味します。また、習主席は5月末の党の集団学習会で「愛される中国」をめざすよう指示した***ともいわれ、「パックス・チャイナ」を実現させるべく対米包囲網を作りたい等積極的に世界のあり方を変えたいという野望がある言葉のようにも思われません。ただただ、外国による干渉への反対口調がかなり強かったことが印象的です。

このような内容を演説したのかを考えると、実は中国には外国不干渉以外に中国の欲する世界像(世界への注文)はまだなく、アメリカからかかる批判や制裁をいわれのない不当な圧力と受け止め、反発しているだけではないか、という仮説に至りました。

もしこの仮説が正しければ、非常に危険です。理由は大きく二つあります。

一つ目は、中国は客観的に他国の視点から自国を捉えられていないからです。中国がその潜在性以外に挑発しなかったというわけでもありません。アジアに限って言っても、日本の沖縄周辺への侵犯、南シナ海のほぼすべてを九段線と称しての一方的な領有宣言等、自らアメリカや近隣諸国の不信感を煽っています。

また、アメリカにすれば、自国は既存大国であるのに対し、中国は新興国に映ります。(もちろん、人類史から見れば、アメリカよりも中国が世界の中心であると自負できる期間ははるかに長いのですが、アメリカにはそのような視点は希薄です。)そして、老大国イギリスが新興国ドイツに単独で勝てず、別の新興国アメリカに覇権移譲し、ようやく勝利したという歴史が20世紀にありました。

当時の覇権国イギリスに対し、新興国ドイツが2回戦争を仕掛けました。しかも、2回目の第二次世界大戦前夜にはイギリスのチェンバレン首相がこれ以上領土拡大をしないと約束したヒトラー総統を信じ、オーストリア、チェコ併合を許すという宥和政策をとった結果、ヒトラーの野心はとめどがなくなりました。当時チェンバレン首相の決断は讃えられていたものの、現在ではこの政策を大失態と考えるのがアメリカでは主流です。よって、既存大
国は新興国を叩けるうちに叩くべきという議論がいつ起こってもおかしくはない土壌に、アメリカはあります。

中国にとり死活的に重要なことは、中国を20世紀前半のイギリスにとってのドイツ第三帝国に思わせないことです。アメリカが第二のチェンバレン首相になるまいと考える国であることを、中国は念頭に置くべきでしょう。アメリカも自らの力の衰えを感じ、不安症を発症しているわけですから、アメリカからの挑発、特に台湾問題に乗ってしまえば、中国非難のネタをますますアメリカに提供することになり、裕福な友好国を敬遠させる結果につながります。その意味では鄧小平元主席の遺訓、韜光養晦(爪を隠し、力を蓄える)は未だ堅持すべき政策です。

孫子いわく、「彼を知り己を知れば、百戦して危うからず。彼を知らずして己を知れば、一戦一敗す。彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず危うし。」

二つ目の理由は、最終的には多様性が効率性に勝ちます。

政治的意思決定における視点の多様性こそが産業革命がイギリス発祥の原因の一つであり、イギリス覇権の原動力の一端を担いました。それまで各王朝は機械の発達は庶民の職を奪い、庶民が職を求めて国内の暴動を恐れ、技術革新を歓迎していませんでした。しかし、民主化したイギリスでは、貴族や一部のブルジョワ階級も政治に参加する権利を持っていました。そのため、資本家視点が政治に加わり、技術革新を阻むことをせず、また民主政治により国王の気ままな戦争が制限されたために、それまで戦費として国税に取られていたはずの富が民間セクターに蓄積されており、発明家や科学者へ資金を提供できる土壌がありました。

一方、本来航海術等世界の先端を行っていたはずの中国は、明の時代海禁政策をとり、造船所を破壊し、中国泉州からインド洋までの海一帯の制海権を手放し、力の空白を作ってしまいました。結果、アジアはヨーロッパ諸国が屠るがままとなりました。大航海時代の当初であれば、まだ船数の少ない遠国ポルトガルやオランダ船隊に、ロジスティックスの面から中国のジャンク船団は優位であったでしょう。明が海禁政策をとった理由は、国内経済復興の資金を農業に振り当て、商業を蔑視した従来の儒教の考え方にまで求められます。もし明政府に商人の視点があれば、海禁政策は、ひいてはその後の世界史は全く異なるものになったでしょう。

このように歴史を振り返れば、意思決定の視点の多様性が単一性に勝ちます。

一方、中国はコロナ禍での中国と民主主義国との対応の差から専制政治の方が民主政治よりも優れているという主張をしているようです(実際にはイスラエルを始め民主主義国も成功しています)が、専制制度や国家統制が効率とスピードをもたらすのは、一つ条件があります。それは、目標とプロセス(段取り)が明確である場合に限られます。

例えば、戦後日本は高度経済成長を達成しましたが、これは官民とも明治から昭和初期の経済発展、あるいは満州での重工業化プロセスがどのようなものであったかを理解していたため、官が適切なタイミングと資源配分を行うことができ、効率の良い再建は可能でした。しかし、ひとたびトレースすべき御手本がなくなってしまうと、意思決定の単一性、効率性が逆にマイナスに働きます。理由は、何にエネルギーを割くべきかの判断が難しいからです。

しかし、成功の経験が自らを縛り、成功を続けねばという惰性から従来通り花形産業を指定、指導し続けても、従来通りの成功率に達するはずもなく、かといって大きい政府は過去の成功体験の呪縛から批判を受け入れられず、意固地になります。さらに、効率性と引き換えに従来容認されがちであった利権構造が重荷となり、腐敗スキャンダルへの容認度が低下し、人民の不満は高まります。

悪いことに、政府の生命(治安)維持装置は効率的なままですので、人民の不満を押さえつけようとするか目をそらそうと画策します。しかし、根本的治療ではありませんので、問題の先送りにしかなりません。

素直に政府が多様性の価値を認め、指導する役割を終わりにし、民間の多様な視点に価値を認め、民間への介入を必要最小限にとどめ、優秀な人材を死蔵せず、民間にできるだけ放出し、小さな政府となり、負の利権構造の解体に専念すればよいのですが、よほどの意識改革と政治主導がないと難しいです。

事実日本は中途半端な道を辿っています。段階的に国鉄、電電公社、郵便局等主要な国営事業を民営化し、JR、NTT、JP等が誕生しました。1970年代から公害病に関する訴訟がなされ、経済一本槍から環境保護の要素が社会に定着するようになりました。とはいえ、その改革スピードは国民の求めるほど速くもなく、最終的に自民党は政権を失い、失われた10年とも20年ともいわれる低迷期を辿っています。

それでもまだ日本は民主主義国なので、自民党を過去2回政権から下すことで国民の不満を表明できますが、専制制度では不満のはけ口はありません。中国で公害病訴訟を起こされた場合、中国製コロナワクチンに今後甚大な副作用による死亡が明るみに出た場合、中国政府は素直にその非を認めることはできるでしょうか?非効率で悪名高い国営企業を民営化か整理できるでしょうか?人間は全知全能ではありませんので、過ちを率直に認めることも必要となりますが、それができずに隠ぺい、抑え込み、弾圧するほどに、政府と国民との溝は深まるばかりです。

中国が恥辱の150年を終えたと実感できるならば、恐らく今は日本が高度経済成長を終えた頃、「もはや戦後ではない」で有名な前川レポートが出た頃に相当するのかもしれません。それは、経済を指導する際のコピー元がもはやないということ、ひいては専制制度の効率性の限界でもあります。

常に先進国の政策をコピーするというのなら、それは自国制度の自己否定になりますし、負け戦になりかねません。例えば、アメリカに張り合ってソ連が軍事費を支出していることを知るや、レーガン政権は俗にいう「スターウォーズ計画」と称して軍事費を吊り上げ、ソ連のスパイに偽情報を掴ませ、ソ連を失敗、破産に追い込みました。現在中国はサイバー、宇宙空間等でアメリカに張り合っていますが、アメリカが再度同じ手法を使わないとは限り
ません。

今後「歴史を鑑に未来を切り拓く」と思うのなら、過去の成功体験にしがみつき自国民への弾圧を強めるか、国民の目をそらすため外国を抑圧し戦争で身を亡ぼす道を歩むか、痛みを伴うが小さい政府化を目指し、多様性の尊重の道を選ぶか、大きな岐路にあるといえます。

*習近平主席演説は駐日中国大使館の全文訳に依拠しています。
http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zt/zggcdcl100zn/t1889124.htm
** 「共産党王朝なぜ生き急ぐ 強い統制、明朝衰退の二の舞も」日本経済新聞、2021年7月2日 
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD299L20Z20C21A6000000/?n_cid=kobetsu
*** 「「戦狼外交」やめられぬ中国 対外強硬、国内を意識」日本経済新聞、2021年6月29日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE25BWK0V20C21A6000000/?n_cid=NMAIL006_20210630_A

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