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もしものための準備

この環境下、考えることは山積みだが、すべてに疲れてしまった。自分のことなんて、くずで凡庸で、卑しい人間だとしか思えない。こんな気持ちの時、どうすればいいか。30年も生きていればいくつか方法を学んでいる。今日はとことん、暗い気持ちを文章に落とし込んでしまおう。地面よりさらに深く落ちていけば、残りは浮上するしかないからだ。

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引きこもって5日め。喘息のような症状が出て息苦しくなる。ここで病院に行くと、別の病気をもらうかもしれない。悩んで、手持ちの薬で対応する。オンライン飲み会では酒を飲まず、お茶で濁す。
「もし感染症にかかっていたら、明日は熱を出すかもしれない」と不安に駆られる。陽性だったら、最近会った人たちに伝えなければならない。思い浮かべる。ただただ、申し訳ない。とりあえず、熱がでてもいいように仕事を巻きで終わらせていく。さらに夫に手紙を綴り、実母にも電話する。どうすれば自分は悔いなく世を去れるか考える。考えては行動する。

私の中身は、がらんどうだ。
主義や主張はとくになく、飲み・食い・喋り・笑うしかできない。生物という字のママ、「生きている物」だなぁと思う。ただそこにあるだけで、何も生み出さないから、生者にもなり切れない。
思えば何か問題が生じれば、意見を述べる人たちを並べて見て、自分の中で折り合いをつけるタイプだ。それって結局はだれかの意見をなぞっているだけ。自分の意見を持っていない。

3月末まで編集を担当していた雑誌は、休刊が続きそうだ。思えば影響の出始めていた最後の月号も、イベントの広告は軒並み落ちていた。これからは企業側の広告費用も削減が決まっていくだろう。
休刊を一度決めると、その後がこわい。離れた読者はなかなか戻ってこない。雑誌を読まなくても、自分の人生は回ることに気が付いてしまうからだ。

そんなことを考えていると、いま仕事がない人間は、実は世の中に不要な職業だったのでは、という疑問が頭をもたげる。考えは体の中で反響して、わんわんと大きく鳴り始める。

こういう気持ちの時は、ライターになりたいと思ったきっかけに立ち返ろう。
それは10年ほど前、小学校に通うグレーゾーンの子どもたちを見ていた時だ。私は彼らの抱えている問題を目にして、自分ができることについて考えていた。
グレーゾーンの子どもたちには、親の理解度、家庭環境など課題が山積みである。教員やスタッフは1年しか子どもたちのそばにいてやれない。だから、できることを精いっぱいやる。

ある日、暴れまわっていた子どもが、投薬をはじめておとなしくなった。良かったですねと、先生たちが話をする。
でも、ふと疑問が沸き上がるのだ。
この子が薬を飲んで学校生活に溶け込むのが、本当にいいことなのか? 
先生の言うことをおとなしく聞けるのがいいことなのか? 
問題行動を起こさなくなったことを大人が喜んでいるだけなのでは? 
その子の将来まで考えて、「良かったね」と口にできている?
ひょっとしたら、私が勉強不足なだけで、いいことづくめなのかもしれない。
疑問を抱えたまま、彼らと一緒に図書室に行き、読む本を選んだ。ひょっとしたら、心を癒す一冊に出会えるかもしれないから。
クラスメートに石を投げる子の間に立ち、守った。石が当たらないようにするだけじゃなく、投げる子どもも守りたかったから。家庭科の授業では、裁縫にいそしむ子どもに、「夏休みはどこかへ遊びに行くのか」とちょっかいをかけた。その子はかすかにほほ笑んで「ディズニーランドに行く」と答えた。

この10年で、彼らの環境は改善したのか? 
わたしは彼らに何か手を差し伸べられたのか?



看護師の友人が「人間はウイルスで絶滅するのだと思った」と弱音を吐いて現実に引き戻される。わたしよりはるかに現場の情報を持つ彼女がそう言うのなら、ひょっとするとこの瞬間は、絶滅への一歩なのかもしれない。言葉の端々から疲れと悲しみが伝わってくる。「愚痴ってごめんね」と言われたけれど、愚痴くらいいくらだってきくよ、と思う。
過去をじっと見つめて、学校をさぼっていた高校時代は、私にとっての小さな死であった。だとすれば、いま、こうやって世界中の人間が自宅にいることは、「人類の小さな絶滅」に違いない。

喘息の症状は、良くなったり、悪くなったりを繰り返している。えらく長く続く喉の痛みだ。腐った気持ちを抱えきれず、昨夜は3週間ぶりにビールを飲んだ。そして今、喘息の症状がぶり返している。

次の10年。子どもの心に寄り添えるコンテンツを、どうしても生み出したい。直接働きかけるものじゃなくてもいい。誰かの心を動かしたい。
私が見ていた子どもたちは大人になってしまったけれど、当時の彼らの心が、一瞬だけでも灯ってほしい。両親がいない夜を、超えていく力になればいい。

もちろん、人類が絶滅しなければの話だけど。

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