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愛されるために形を持ったもの

愛されますようにという深い祈り。

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 福岡本社より総務のマネージャーがやってきた。50歳を少しこえた女性である。
僕の上司をふくめて3人で土曜日の夜に食事をした。
 総務のマネージャーは歯に衣着せぬ言い方で社内の人間たちにもの申す豪快さがあり、しかしその強いことばの裏には深い思慮も覗く、気持ちのいい人物であった。話の内容も仕事ばかりでなく、どうでもいい雑談も多く、雑談にも陰がささない明朗な中身ばかりだった。
 マネージャーは言った。「仕事だけじゃなく、なんでもない話ができる飲み会が好きなの」と。彼女の明るいことばに照れされて、僕と上司の心のうちもいつの間にか口からもれてしまっている。
 マネージャーに会ったのは、僕と上司もその日が初めてだというのに。

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 すっかりみんな打ちとけた飲み会の後半、僕はマネージャーに趣味を訊ねた。
「私は自分でテディベアを作るのが好きなんです」
 初めて聞く趣味で驚いていると、彼女はとうとうと語り出した。
 テディベア製作用の材料専門店もあり、そこで生地のモヘアや目のビーズなどを買い、手縫いでつくっていくらしい。耳の位置、目の位置、綿の詰める量、足裏の材質、全体の色。こだわろうと思えば、いくらでもこだわることができるらしい。
 そのなかで、僕が気に入ったことばあった。
「目にビーズをつけるとき、左右がちゃんとならんでつけたほうがいいと思うでしょ。だけれど、もしわざと耳をずらして縫いつけたのなら、目もずらしたほうがいいの。そのときそのときの正解があるの」
 僕は、自分の趣味を熱弁する彼女のことばをずっと聞いていた。

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 たくさんつくるのならば、メルカリで売ることはないかと訊いたら、マネージャーは首を横にふった。
「お金にしたいわけじゃない。それなら、甥っ子や姪っ子のプレゼントとしてあげたい」
 仕事の関係で、老齢の方の退職祝いに自作テディベアをプレゼントしたことがあるらしい。その方は、マネージャーにひと言断りを入れてから、自身のお孫さんに譲ったらしい。そのお孫さんはテディベアをずっと大切にしてくれているとのこと。
「私は、そういうのがとにかくうれしいんだ」

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 テディベアをつくっていると、それがどんどん自分の分身になっていくとマネージャーは言った。
 僕は納得した。僕たちは、見知らぬだれかに高値をつけられるより、心を向けた
そのひとの心臓にかぎりなく近い位置で、受け止めもらって強く抱きしめられるほうがうれしいに決まっている。
 マネージャーは、愛される場所へ続く、最短で確実な道を見定めているのだ。

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