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数年前のことをたまに思い出す
映画を作っているひとで なにかいろいろしている知的なひと というのはわりとどうでもよくて ひとつきっかけがあって私はそのひとに興味を持った そのきっかけももうどうでもいいこと ただ私はそのひとを狙っていた 狙うと表現するとたぶん私の思っていることとは少し違う感じで受け取られる けどそれもべつにどうでもいい
インターネット上で出会う というのはそのときやその後の関係性にかかわらず昨今めずらしいことでもない そしてすぐに縁は切れる そういうもので そのひととの出会いもそういうものだった でもそのときの私は妙にそのひとに興味があって 一度関わりたいと思った そのひとに というよりは その行為に オブラートに包みすぎると言いたいことが言えなくなる はっきり言って 一度寝てみたかった ただ 一度でよかった いわゆる恋愛感情のようなものは当然抱いていない そう おそらく男性から女性に向けて使われることの多い言葉 一回やってみたい とか 食う とか ワンナイト とか そういう下品なこと その欲望を私はそのひとに対して抱いていたとしかいえない たぶん他者に対してこんな目を向けたのは後にも先にもこのときだけだと思う
とりあえず一度めの縁が切れたあとも 私は待った SNSを巡ってすぐにそのひとを見つけた 最初にへんなあだ名を教えてきていたからそれで検索をかけたらすぐに見つかった オープンに活動している人物だったから経歴も本名も写真も全て いくらでもネット上に転がっていた しばらく様子を見て それからフォローした すぐにフォローバックされたのは少し予想外だった それからは相互フォローになったからといって挨拶をしたりメッセージを送り合ったりするということは一切なく ただ私は少しずつ釣り針を垂らしていた 趣味嗜好を観察しながら 食いつきそうなもの これも下品な言い方 でもそれ をときどき流した そうしたらしばらくして 釣れた 当時そのひとが私のことを以前にも知り合ったことのある女だと気づいていたのかは未だにわからない わかっていて互いにそしらぬふりをしていたんだったら まだ少し叙情的な記憶として持っていられるけど 本当に気づいていなかったとしたら 余計にがっかりしてしまうから せめて前者だと思っていたい
とにかくその釣り針を引き上げてからはトントン拍子に話は進んだ 正直なところ 相手も私のことを 食いたい と思っていたと思う 一発やりたい と思っていただろう というかそれを確信していたから 私もそこまで慎重になる必要がなかった どうせいつかはこうなると思っていたから
ただ そのやりとりのなかで 何度もひっかかりを覚えた なにこいつ と思うようなことも でも私はそこでやりとりを放り投げるわけにいかなかった 私は一年かけたから 一年かけて用意した獲物をしょうもないものだと認めたくなかった 何度も硬貨を入れれば入れ続けるほど後に引けなくなるクレーンゲームみたいなもので なんとしてもそれを手に入れなくてはならなかった そして必要のない謝罪や恥じて見せるパフォーマンスさえして いかにも押しの強い相手に言いくるめられてセックスをするはめになった女 というような体で私はそのひととの夜を手に入れた それは私の嗜好における重要な設定でもあった けど今はそのことはいい
そこからは落胆する一方だった もう少し具体的に というのは事前のやりとりとかその結果とか 書いておこうと思ったけど どれも思い出すだけでげんなりしてしまうから面倒になった ただただ ああもういいや と思うだけだった
どんなに映画を論じても キアロスクーロがどうのと言っても 女優のイノセントな姿 を称えていても aikoをニーチェだと絶賛しても 目の前の人間を人間として扱う ただそれだけのこともしようとしないのか と一気に冷めた そんなこともできないのに映画とか作れるんだ と思った もちろんどんな分野でも素敵な作品を作るひとが素敵なひととは限らない というのはわかる わかるけど それでも なーんだ と思った こんなやつでも思考の海に沈んだり ことばにできないほどの美しさを感じたり 作品の心を理解したり自分が意味を込めたりできるんだ と思った
このときから いわゆる文化的な人 への勝手な期待というのか もちろんそれは私からの一方的なもの ではある けれど それが崩れた
もともと文化的なものを崇拝していたわけではない 好きか嫌いかでいえば間違いなく好きなほうではあると思うけど だから別にそのひとに人格者たるなにか を期待していたわけではないのだけど ましてや私が望んだのはほとんど肉体だったのだから うまくいえないな
極めつけは と書こうとして どれが極めつけだったのかもう分からない
数時間のうち なんてつまらないんだろう と何度思ってしまったか分からない
少なくとも車で自分の宿泊場所に連れてきておいて ことが終わったら現地解散 電車で帰らせようとしていたのにはがっかりを通り越して呆れてしまった 別にそのまま電車で帰ってもよかったけど 普通に面倒だったし この先関わる気のない相手なのだから当てつけのようなことをしても無駄だし そもそもいろいろな事情もあって結局また車で送ってもらった
別れ際に すごくよかった また是非 と言われたのだけど また是非の部分は半分社交辞令 私はなにも言わなかった 曖昧に笑って車を降りた
そりゃあなたはよかっただろうね とは思った
たぶん私はかなしかった そのひとがどうこうというよりも 自分が他者からこんなふうに扱われることがあるのか というのを改めて自覚したから これまでにもそういうことはあった と思うけどそのときはなにもわかっていなくて 自分がなにを感じているか に目を向けることは少なかったから気づけなかった ここで初めて 雑に取り扱われるというのはこんなにも虚しくかなしいことなのだと知った
私の釣りはそこで終わった あまりに味気ない釣果だったけど体験としてはまあいいかとも思った 今後はこんなことはしないでおこうと思った もうこりごりだ と思えたから無駄ではなかった のかもしれないけど しなきゃよかったとまでは思わないようにしようとしても 全然 しなくてもよかったな とは思う
このあいだ好きなひとが『ドライブ・マイ・カー』の話をしはじめて うげえ と思った それでまたこのことを思い出した 私はこの映画を見ていない し 映画にはなんの罪もない のだけど
今後関わることはない 惰性でSNSでの相互フォローが続いているけど これを書き終えたら外してしまおう
SCQICさんさようなら

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