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#1 阿修羅のごとくの人間洞察

NHKオンデマンドで「阿修羅のごとく」を見直してみた。(見直したと言っても1年前に初めて見た。1979年のドラマなのだから当たり前)
1年前に初めて見た時と同じ種類と威力の衝撃を受けた。それは圧倒的な「人間洞察」にである。

「阿修羅のごとく」は向田邦子のシナリオでNHKでドラマ化され、以後映画などにもなっている言わずと知れた名作です。4姉妹を中心に展開する家族ドラマで、ある時年老いた父親の長年の不倫が発覚することからドラマが始まる。と簡単に書いたが、この第1話の始まりからもうすごい。詳しくはドラマを見ていただきたいのだが、一つ一つが計算され尽くした圧倒的な表現力で一気にドラマの世界へと引き込まれた。特に見どころだなと思うのが、「一つのシーンで様々な感情や会話が入り乱れる」ところ。ドラマとは大概、一つのシーンで一つのセリフ。この登場人物がいかにも「言いそう」なことしか言わないでドラマは展開していく。(それでも展開していくのがドラマ)だが、現実世界はどうか。誰かと話していても頭の後ろでは全く別のことを考えていたり、今笑っていても相手が言った言葉に急にムッとしたり、引っかかったり。ドラマほど単純に「一つのシーンでその人がいかにも言いそうな事をその人が使いそうな言葉で言う」なんてあり得ない。この圧倒的なリアリティを向田邦子作品はものの見事に表現しているのだと感じた。ネタバレにならない程度に一つ例を。
 ドラマ最初の夜、4姉妹は集まり父親の不倫について話し合う。その時、横で次女の旦那が鏡開きを始めるのだがそのひび割れを見て「これ見て何か思い出さない?」と次女。「あ!お母さんの踵!」と盛り上がる長女。「そんなことよりお父さんの不倫の・・・」と三女。「ちょっと、人が食べてる時に踵の話なんてよしてよ〜」とおかきを食べながらぼやく四女。「ねえ、お父さんの不倫の話よ」と再び三女。「ほんとなの〜?」とみんな聞き出す。すると、「あ!」みんなが声の主を見る。「おかきで差し歯が抜けちゃったわ」と長女。「え、お姉さん差し歯だったの?」と次女の旦那。「お姉さん、喋ると空気がスースー抜けて面白いわ、笑っちゃう」と四女。「ちょっとみんな、いい加減にしてよ!お父さんの不倫が気にならないわけ??」と怒り出す三女・・・
とこんな具合。
 ドラマにするにはあまりに行ったり来たりで、無意味に思える会話。だが、この差し歯が抜けることさえもちゃんと伏線になっているのである。(ドラマないでは、翌日明らかになる)
 つまり、今のドラマにはないような「一つのシーンで様々なことが同時多発的に起こり、それを受けてみんなの感情がどんどん展開していく」というリアルを圧倒的な解像度で描いているのである。これが向田ドラマの真骨頂で視聴者をあっという間に引き込んでしまう魔法のようなものなのだと思う。

その後も展開していくこの圧倒的な描写は、人間というものを見る抜群の観察力がなせる技だと度肝を抜かれた。(というか凄すぎて感動すら覚える)このレベルの「人間洞察」に溢れる作品に出会ったことがないし、自分もこのくらい「ヒト」というものを分かるようになりたいと強く思わせる作品でした。皆様も機会があれば是非。感動からエネルギーをもらえる作品です。

結局は、「人を観る力」がものをいうよね。

UK

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