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#6 あとは楽しむだけだ!

昨日投稿した続き回。昨日は論語の引用から、知ってる人<好きな人<楽しんでる人、つまり楽しんじゃってる人が一番強いよね、って話でした。(全く滋味のない要約。先生、簡単に言い約めて本当にすいません)
前回の最後でペンディングになってしまいましたので今回は、じゃあ「楽しむ」ってつまりどういうことなのかを分解して理解してみたいと思います。

仕事でも趣味でも何でもそうだと思うのですが、「楽しむ」の基本的な構成要件は「主体的であること」と「時間に価値が感じられること」の二つなのではないかと思います。それぞれ、考察を。

まず、「主体的であること」です。おそらく外国の諺だったと思うのですが、「人生とは遊園地のようなものだ。楽しいアトラクションは目の前にある。問題は自分から乗りに行くかどうかだ。」という話を昔どこかで聞いて、痛く共感したことを思い出しました。「うわー、正しい!」と思って聞いたのですが、つまり自分が自発的で主体的であることが何よりも大前提。そりゃ、無理やらされていることだったら楽しいわけない。(子供の頃の風呂掃除とか洗濯物畳まされたりとか。楽しかった記憶がない!)
主体的であるとは、自分の意志があって自分から行動できること、とでも言い換えられますでしょうか。(あとは真面目に取り組む直向きさなどもありますかね)

そして、「時間に価値を感じられること」。楽しいと思えるには、投下する時間と労力に対して「価値」を感じられることが不可欠ですよね。それは、例えば達成感ややり甲斐、貢献感や成長実感、お金や人脈、充実した時間だったり、取り組む事柄の性格や自分の価値観によって感じる価値は様々ですが、その時間に何がしかの「価値」を感じられることが特に「楽しみ続ける」ためには肝になるんだと思います。
自分がその時間の「どこにどんな種類の価値」を感じているのかをある程度明確にしておくことが、その時間にエンゲージし続けるためには大切になるんじゃないかなーと思います。(無論、どこにどうエンゲージしているかは多様でいいはず)

もちろんどちらも、他人や環境から与えてもらえるものではなく(そんなに甘くないのが大人の世界)自分から意志を持って行動し見出していくもの。とどのつまり、自分が主体的で自ら考えて、勇気を持って行動できているかが何事も「楽しむ」ことの鍵ということでしょうか。

まずは直向きに主体的にできることからやること、そしてそこからその時間に価値を見出すことができれば、あとは「楽しむだけ!」ですね。
楽しんでしまえば、あとは最強。(孔子様、すげーっす)

でも、人や環境のせいにして主体的になりきれなかったり、今の自分はこの時間にどんな価値を感じているのかわからなくなったり、するのも人間だよね。

UK

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