紙と筆と構想と。 #シロクマ文芸部

「書く時間」は、吾輩が聴講しにきた授業の名前だ。こんなへんてこりんな授業名でも有名な教授であるが故に、事務の許可がすんなり下りたのだろうか。便覧の内容も、見返せば見返すほど謎めいている。

授業名: 書く時間
担当: 山猫トキ三郎教授(N大学名誉教授、猫言語学専門、N球道師範)
概要:ニャクソンポロックのような躍動感と、柔軟かつしなやかな肢体をもってして、書く時間を表現する。現代アートのような、掴みどころのない時間を文章にして捕まえよう。

N大 授業便覧 p.2525

山猫トキ三郎は、肩書きこそ変わっているが、猫界隈では超絶怒涛の人気を博している。その実、噂が飛び交いすぎて、彼の柄も、歳も、性別までもが不確かなのだ。トキ三郎というからには、オトコなのだろう。

はたして、彼を一目見ようと深夜のキャンパスの階段には多くの同胞たちがいた。教壇に立ったのは如何にも、という風情のスッとした猫背の男であった。

おおお!というどよめきと共に、拍手が沸き起こる。数秒の間の後、ダン!っと文鎮を置いた彼が「ここに集まった愚か者たちよ。私を見る前にペンを取れ!紙に綴れ!さもなくば何も生まれはしないのだ!!」と澄んだ声で静寂を埋めた。

吾輩の隣にはいつの間にか、だらっとした風情の女が頬杖をついていた。先程の先生の言葉に、背筋を正し、尤もである、と恥いる同胞らとは異質の気配であった。加えて、ぼそっと「いい気になりおるわ」と言う始末。ぎろりと睨むと、ニヤリと返す余裕ぶり。気に食わない。そもそもこの女はいつから此処に…。

すると、スッとメガネと口髭をつけて人相を変えた女がしゃなりと立ち上がった。「否!時間とは有限であり無限。あっこに立つは、我が書生。謂うは易く、書くは難し!先ずは書く時間を取ることが肝心要。最初からうまく書こうなどと思っていては、気を逸するぞ。さて、皆の衆、解散!!」と言い放った。

ピュッと走り去る彼女こそが山猫先生であった。呆気に取られているうちに、教壇の男の姿も無くなっていた。化かされたような同胞らがトボトボと帰っていくなか、私は紙と筆を取り出した。

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