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自分という「器(うつわ)がある。
皆さんは、ご自身で、これが「大きくなった」と感じることはありますか?

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これを感じ取れるということが、常日頃、自分自身に向き合っているかどうかの証左なのだと思うけれど、感じ取れたとして。

また、そのことに対して、「いやいやいや」なんて、謙遜という名の卑下をしないとして。

僕は、現実的にもスピ的にも、2月ぐらいからなんか違和感があって、それを内観していったら、

自分の器が大きくなったんじゃないか?

という結論に到った。
・・というか、その解釈が一番しっくりした、という感じ。

現実的には、仕事がすっと片付いてしまい、つまらなくなって、もっと新しいことをやりたい

感覚があり、

スピ的には、神社もお寺も、今まで通っていたところをいったん卒業して、次の修業に入りたい、

・・・みたいな感覚がある。

今回はこの「感覚」がとても強くて、これは行動でしか抜け出せないような予感がしている。今までの「高い」って感覚以上のハードルを設定して跳ぶイメージが良いように思う。

ハードル

なぜ自分の器が大きくなったのか?
それはよくわからないけど、今までやってきたことが積みあがって、一定の体積になったのだろうか。

それより、嬉しく思えるのは、この器のことを自己認識できたこと。気づかずにスルーしなかったこと。
これは「成長」そのものの感覚じゃないかと思うから。

だからって、褒美があるわけでも休めるわけでもなくて、その器に見合った行動の道が続くのみだ。だから、楽にはならないんだな、きっと。

ジョブズが言ってたことは、おそらく、こういうことだったんだろう。

そんな週末。

僕の前に一台の車が入り込んできた。すーっと。
ナンバーは、999

・・ああ。そういうことだったのか。



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