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何か一つのことが頭から離れない時
こういうことがたまにある。
クルマのことだったりバイクのことだったり。はたまた、音楽だったり・・
それを僕は、物欲だとか、脳内無限再生だと軽く考えていた。
だが今日、草刈りをしている時、
それって啓示かもしれない
と、唐突に思ったのである。
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今、僕のアタマにひっきりなしに浮かんでくる言葉、それは、
公と民
というもの。過去に何回かnoteしている。
草を刈りながら僕は考える。「公と民」を僕はどう現実に落とし込むのか?
そして気付く。既にそう動き始めていることに。
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「公と民」という言葉が頭から離れない時、それは
それをやれ・・
という、どなたかからの啓示なのではないだろうか?
草を刈る僕。それが何のためであるのか、実は、心の中に一つの確信が芽生え始めている。詳細はいずれnoteするだろうが、
草刈りは、◯◯の入口となる
ということだ。
草刈りの向こうにある未来。
それを顕在化させるために、僕は行動する。
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