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高速バス通勤の現実

2020年.最も大きく変わったのは、高速バス通勤を始めたことだ。
 
今年3月に木更津市の新興住宅地に引っ越した。市内のバスターミナルから高速バスに乗り、東京湾アクアラインを渡って東京駅まで通っている。停留所から会社までは歩いて20分ほどだ。通勤を始めて半年以上経つが、会社の同僚や上司からは、「遠くない?」「終電は何時?」「どれぐらいの頻度でバスはあるの?」といった質問が繰り返し飛んでくる。「バスに乗っている時間は50分ほど」「最終のバスは23時45分ですよ」「通勤のピーク時間だと5分に1本は来ます」と聞かれるたびに答えているが一向に響かないようですぐに忘れ去られる。普通とは異なる通勤スタイルにイメージがわかないようだ。それは新幹線通勤にも似ているのかもしれない。少し憧れるが、やるとなるとちょっと勇気がいる。
確かに私も実際に通勤を始める前、移住を決断する前は不安に感じた。時刻表を睨み、会社からバス停まで歩いてみたりもした。実際にバスに乗ってバスターミナルの状況も確認した。会社にも定期代が支給されるか問い合わせた。
 
電車通勤が、嫌だった。木更津へ来る前は、千葉県松戸市から通っていた。毎朝、松戸駅始発を狙って駅に行く。同じ通勤客と微妙に牽制しあって椅子取り合戦に勝利しても、周りを気にして肩を縮こまらせて本を読む。負けた日は荷物を網戸に載せ、つり革をつかむ。
高速バスは、確実に座れる。定員オーバーで乗れない可能性もあったが、調べてみると便数は多そうだった。時間としても、松戸市から通うより時間はかかるが許容範囲だ。
無言の椅子取り合戦に参加しなくていい。このメリットは大きそうに思えた。
 
そして、思い切って移住をしたのが3月末だ。ちょうど新型コロナウイルスの第1波で生活が劇的に変化をとげようとしている時期だった。
このころの通勤は、不謹慎を承知でいえば、至極快適だった。私自身は完全にテレワークとならず、週に何度か通勤する必要があった。ピーク時間でも、定員44人のバスに、10人ほどしかいない。時には運転手と2人きりだった。がらがらの車両で、好き放題に席を選ぶ。ちなみに車両はいわゆる観光バスだ。座席は地下鉄と比べものにならないほど快適だ。ふかふかとしたクッションは日差しを浴びてほんのりと温かい。きちんと頭まで支えられる背もたれに体を預けて、本を広げる。ちょっと疲れたころに目を外に向ければ、東京湾が広がっている。アクアラインへと入り、薄暗くなると自然とまぶたが重くなり、本を隣の座席にほっぽり出して眠る。気がつけば、京橋インターチェンジだ。通勤でも、人がほとんどいない日本橋をてくてくと歩くのだが、大通りに人がまばらな中を歩く感覚は、非現実的で足がふわふわと浮いているようだった。その状況を記録に納めようと、思わずカメラを買ってしまった。
 
この状況がいつ終わるのか。社会の不安を意識しつつも、それでもこの状況に適合しつつある自分を味わっていた。
 
緊急事態宣言が解除されると、少しずつバスの車内が人で埋まり始めていった。そして、秋を迎えるころには、補助席まで出さないといけない状況になっていた。明ちかに人が増えている。
バスが埋まり出して気がついた。乗車マナーに、いちいち眉をひそめさせられる人が毎回、存在する。
隣の座席に自分の荷物を置くのだ。通路側に座って窓側の席には荷物を置く。座席が空いているのに補助席を出す。しかも、最後列までいかずに中間列。
 
11月ごろには、さらにバスは混み合うようになっていた。ちょうどこのころ、雑誌や新聞で「地方移住」の実例が紹介されるようになっていた。コロナ禍で移住がブームの兆しというのは春先には報道は目にした。千葉県八街市への問い合わせが急増といった報道だが、どうやら、そういった人たちが実際に動いたのがこのころようだ。急激な増加はほかに理由はなさそうに思えた。
 
移住者が増えるのは悪いことではない。だか、席は空いているのに、荷物をどかすようにいわないと座れないと、バスの通路に立ってため息をつくしかない。
 
考えてみると、日本の通勤電車というのは、長年の蓄積で暗黙のルールが作られてきたのだとわかる。整然と列を作り、体が触れあうのにもいとわず隙間無く座席に座り、自主的に車両の奥へ行く。カーブで他人にもたれかかっても、その状況を心頭滅却して受け入れる。
これは誰かに教わったわけではない。横並びで、ほかの人がやっているようにやり、目立たないようにと心がけた成果だ。
 
さらに別の課題にも気がついた。
12月のある朝、最後の1席になるまでかたくなに自分の鞄を座席からどけなかった女性に「すみません」と声をかけ、隣に滑り込んだ。さらに乗客が増えて補助席まで埋まった。
密着度合いでいえば、満員電車ほどではない。だが、アクアラインを渡り終えたあとあたりから、息苦しさが無視できなくなっていた。居心地悪そうにもぞもぞと動き続ける女性は、私をぐいぐいと肩で押してくる。気を使った私は限界まで肩を縮こまらせ、おかげで本を広げられない。だが、それだけではなさそうだ。
スマホを見るのも諦めて、顔をしたに向けて耐えているときに、はたと気がついた。
空気が動かない。走行音しかしない。電車であれば5分に1回は駅に着く。そこで人が動いて、風が起きる。たとえ誰も降りなくても、そこですっと圧力が抜ける。
バスは走行し始めたら、全く誰も動かない。換気されているとはいえ、感じられる空気の動きがないと苦しいのだ。
 
東京駅近くのバス停についてぐっと背筋を伸ばす。すっかり縮こまってしまっていた。
高速バス通勤は、満員電車とは異なる通勤の辛さがある。
この環境に適応しないといけない。
 
通勤とは常にそういうものだった。京都に住んでいたときは20分ほどかけて自転車で通っていた。夏は会社に着く頃には汗でびっしょりとシャツが体に張り付き、冬は分厚い手袋をつけていても、寒風が指を凍えさせる。かといって京都のバスは、東京の地下鉄に匹敵する混雑度合いだった。この状況になれるべく、通勤経路に寺社を入れて、季節を愛でることで気を紛らわせた。
松戸市に来たときも、当初は「松戸駅発」の電車があることも知らなかった。毎日、通勤しているときに、来た電車に乗らず何かを待つ別の列が存在することに気づいた。彼らが待っているのが、「松戸駅発」の電車だった。
新しい通勤スタイルではどうだろう?繰り返すうちになんとなく感じているのは、非常に混むバスと、そうでもないバスの違いは、始発の場所によるようだ。私が乗るバスターミナルでは、君津駅発と木更津駅発、勝浦や鴨川発などさまざまな路線がある。最もバスの本数が多いのは君津発だが、このバス路線が最も混むようだ。そして日による変動が激しいのもどうやらバスの特徴だ。同じ時間のバスに乗っても、日によって、混み具合がちょっとずつ異なる。どうやらさまざまなパターンが存在しそうだ。
 
とはいえ、やはり、寝心地はよい。ここは保証できる。隣に人が座っているといっても、満員電車ほど密着しない。背もたれにもたれるので、誰かが寄りかかってくる不快さを味わうこともない。
マナーは、通勤電車のはるか長い歴史に比べると高速バス通勤はまだまだ歴史は浅そうだ。互いの心地よさのために互いを尊重する。その意識づけへと向けて一歩でも進めるべく、「失礼します」と声をかけ続けよう。

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