短編小説:神さまが死んだ

 赤をまとう山が連なる。その山の隅に、小さな祠があった。村里の者たちが、お供えや掃き清めていたのは、もう今は昔のはなしだ。だから、その祠が苔だらけで、落ち葉に埋もれてたところで、そうそうおかしな話でもない。
 しかし、この御仁にとっては違ったようだ。

「なんてこっちゃ! わしが、ちょっと旅をした隙に!」
「あんたのちょっとは長すぎるんですよ」

 赤と金色の派手な、だが品の良い服を着た爺はオヨヨと泣き崩れた。一方、その隣にいる痩せた子どもは、冷たく爺を見つめている。

「こんな寂しいところで、最期がいいって、変な神ですね。あんたは」
「そうか? ここで行う宴会は格別に映えてネタになる」
「人間に感化されすぎです」

 子どもはため息を吐いた。爺はさめざめと泣いては、チラチラと子どもを見る。子どもはもう一度ため息を吐いて、自分が祀られる祠を見た。

「……ねぇ、そんなに宴会したいんですか?」
「したい! 逆さ紅葉を肴に、美味しい松茸ご飯が食べたい!」

 子どもは、祠の周りの落ち葉を寄せながら言う。

「わかりました。あんたが荒御魂にならずに還れるのなら、手を尽くしましょう」
「本当か?!」
「でも、約束してください。あんたは、堕ちかけなんです。無理はしないでくださいよ」
「勿論もちろん!」

 子どもは半目で爺を見つめて、何度目かのため息を吐いた。
 爺が上機嫌で、神さま仲間に手紙を送る中、子どもは、近くの村里をまわった。しかし、村里の人間たちには、子どもの姿が見えないようだ。

 宴会の日。子どもは珍しく項垂れていた。爺は会場を整えながら、子どもに尋ねる。

「どうした? ここの神が憂鬱とは、笑えんぞ?」
「あんたの、最期を、……盛大にしたかったんです」

 子どもは、今回の宴会だけでも人間たちが、この場を訪れてくれるようにと、駆けずり回ったが、やはり誰も来てない現実であることを話した。
 爺はパチクリと目を瞬かせたあと、朗らかにホッホッと笑った。そして、子どもの頭を思いっきりグリグリと撫で回した。

「わしは、おまえさんと祝えるのが嬉しいんよ。それに、わしの仲間たちもまた、世代交代したようでな……」

 こうして、ひっそりと一柱の神は地上を去った。子どもの姿のままの神は、爺の愛した山を守りながらも、人間を愛おしくは思えなかった。

 ――それは、神としての死を意味するのに。

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