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エッセイのようなもの

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普通に生きていきたかった庶民の雑文です。
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ネッシーがいなくなった日

ネッシーがいなくなったとき、UFOも消えた。 幽霊がいなくなったとき、神さまも消えた。 世の中から、どこか怖くて、奇妙でワクワクすることがなくなっていく。証明できなくなると、それらはどこかへ消え去ってしまった。 黒くてモヤモヤしたモノが実は頼るべきもので、寄り添うべきナニカだったのかもしれない。 僕らはまだ宇宙のことも海のこともわからないのに ヒトのことをわかったように話し、森羅万象を理解したかのように振る舞う。 そんなのは悲しくてたまらない。 消えてなくならないよ

深夜のタイプ音は僕の鼓動の速さで走る

ようやく今年が終わってくれる。 本当に味が濃くて、無味無臭な一年になった。 1月、会社を立てた 2月、仕事が入りすぎてパンクした 3月、コロナで全ての仕事が消えた 4月、ほぼニート 5月、新規事業の企画 6月、営業行脚 7月、クライアントを見つける 8月、受注に結び付かない 9月、そろそろお金がなくなるから焦る 10月、とにかくいろんな会社に顔を出す 11月、融資とか動きまわる 12月、気づいたら1年が終わろうとしてる 本当によくわからないまま、光速で過ぎ去った。 だから

総括しない、総括

心を落ち着かせるには、やはり活字を読んだり書いたりするのが僕には一番合っているので、指の赴くままに書く。 さて、表題の通り「2020年の締めくくりだ!」というような意気込みは全く無く どちらかというと、ここ最近巻き起こった内容について、振り返る。 人は何か決断しようとしたときに、どうしようもないタイミングで真逆の方にボールが飛んでくるときがある。 それは高校野球の引退試合で思い出を残すために、監督が交代してくれたのにも関わらず、2ストライク、0ボールで追い込まれているとき「

映画は心の強壮剤

話題の役者さんが数多く出演しているコンフィデンスマンJPの映画化第二弾を観てきた。映画は結構好きで、以前にもnoteをいくつか書いていたが、withコロナでも開けてくれているので、久しぶりに映画館へ。 座席は両隣や前後が空いているので、空間が広く感じるし正直、このままでも良いなと思ってしまうほどだった。 内容は... ただのエンタメ!最高!! 頭使わない!最高!! ボーッと観られる!最高!! 馬鹿にしてるのではなくて、やっぱりたまには良いと思う。こういう映画があると、

締め切りに追われる

最近、大型連休が多い。10代、20代の頃は良かったが 30代に入ると、コロナもあって正直いってどうでもいい気がしてきた。 休みたい時に休んで、働きたい時に働くようなスタイルが本来は良いんだろうけど、果たしてそんな都合のいい仕事が、この世に存在するのだろうか。 よく考えてみても、作家は入稿日に追われる。画家は開催日に追われる。歌手も発売日に追われる。 人はクリエイティブな職種でさえ、何かに追われていると思う。 人間という仕事をしているうちは常に追われ続けるんだ。 さて、

生きることが最優先

ここ最近、気分があまり乗らない。「低血圧で…」とかいうオシャレなフレーズを突きつけてやりたいが、連日続く朝起きたときの倦怠感。「死にたい」という言葉が頭をよぎるような繊細さは持ち合わせていないが、「きつい、つらい」というネガティブな気持ちが先行してしまう。 人間の脳は複雑化しすぎてしまったんだろう。人間の生活は複雑化しすぎてしまったんだろう。心のケアをしないと身体が追いつかない。 自分の周りばかり最近不幸が続いているように感じるくらい自意識過剰だ。病気だったり事故だったり

ふつうに生きる

久しぶりにnoteを書く。最近、肩肘張って生きることが多くなった気がしている。やはりコロナの影響で妙な焦りがあるんだろう。 そんな時は、新しいことを始めてみたり、本読んだり、映画見たり、気分転換をすれば良いんだろうけど、それはそれで、よく言う「思考停止」なる感じがして、終わった後に不安感に襲われたりする。 別にここで、何かこう、鬱屈しとした感情を吐き出したい。というよりも、ただ何か書こうと思ってパソコンに向かっている。 乱文雑文でも、文字を書いていれば、それはそれで頭が整