湯川卓海

株式会社MIMIGURIでPMをしています。本と演劇と映画とpodcastとタンパク質…

湯川卓海

株式会社MIMIGURIでPMをしています。本と演劇と映画とpodcastとタンパク質が好き! 苦手なものは集団浅慮。

最近の記事

現代に巣食う不安の構造とファシリテーションの可能性について

このnoteは、MIMIGURIメンバーによるアドベントカレンダー企画です。 毎日、MIMIGURIのメンバーが6つのテーマから1つ選んで、リレー形式で書いていきます。他のメンバーの記事はここから読めます。 突然ですが、僕は基本的には自信がありません。社会や組織に存在していて、フィットしている、という感覚をあまり覚えられない。日々暮らしていて存在論的不安のようなものに駆られる瞬間が多いです。 僕はその不安のなかで生きていくための戦略としてファシリテーションがとても有用だ

    • ともに生きていくためのファシリテーション

      矢口さん、押田さん 押田さんに問われたので僕の思うファシリテーションの考え方について書いてみます。 結論から言うと僕の中にはファシリテーションをするときの心得として 「他者を変えようなんて傲慢なこと考えるな」 「できることは何を感じているのかを出し合う場作りだけだ」 「何を感じているかの先陣は自分が切ろう」 という3つが根底にあると思います。 そしてそのファシリテーションという行為を「お互いをケアをしながらともに生きていく場をつくること、そこに参加すること」と捉えている

      • うまくやろうとしなくても笑えていればいいんじゃないと思った件

        押田さん、矢口さん 映画の話 先日『おーい!どんちゃん』という映画を観ました。ドキュメンタリーではないのですが、沖田修一監督の実子の成長過程を3年半かけて撮影し、フィクション映画として編集したという作品です。 そこにはかっこつけない、本当の人間が写っていたように感じました。というかどんちゃんが可愛すぎた。最初、沖田監督は遊びで俳優仲間と撮ったらしいのですが、あれ、これ映画になるぞと思い、撮り続けることにして映画にしちゃったらしいです。とんでもなく面白かったです。とにか

        • 倫理への違和感、優しさへの憧れ

          矢口さん、押田さん みなさん、無名な人の声みたいなのに良さを感じたり、興味があったりするんですね。僕はみなさんの文章を見ていて「観測」とそれは「いつの間にか失われている」という言葉が印象に残りました。これについて考えてみたいと思います。 「残る」コミュニケーション現代において、僕らが言葉を出すところはSlackやTwitter(今はXか…w)などのテキストで表現されるオンライン空間が多くを占めています。押田さんや矢口さんとのコミュニケーションもほとんどがSlackですね。

        現代に巣食う不安の構造とファシリテーションの可能性について

          「冴えている人」とはなにか、あるいは無名の人の語りについて

          たしかに、我々は冴えない、無名の会社員3人です。そんな人たちの往復書簡などだれが読むのだろうか?目的地の見えない泥舟なのではないか?そんなことを思いながらみんな文章を書いているようです。私もその一人ではあります。しかし、どこか、私は「まあだれかしら酔狂な人が読むだろう」という謎の確信があります。ぼくはぶっちゃけ2-3人くらいの人がちょっとだけ「面白かった」と言ってもらえればとても満足するかもしれません。 ついこの間公開された映画『君たちはどう生きるか』の監督、宮崎駿は「若

          「冴えている人」とはなにか、あるいは無名の人の語りについて

          オートポイエーシスと社会システム論で考える往復書簡論

          書かねばならない。 4月に文学フリマに出品するぞ!と決めてからはや3ヶ月。定例はスキップにスキップを重ねて、久々に7/21(金)17時から「同人誌定例」というMTGが始まった。 まだ一文字も書かれておらず、「こういうの書けたらいいね」という話ばかり。11月に開かれるということは逆算すると8月には一旦書き終わり、文字組みや推敲などを9月に行い、10月に印刷。11月に出品というスケジュールだろう。ということはあと1ヶ月。 一昨日、保坂和志の『小説の生成』を読んだ。本の内容は

          オートポイエーシスと社会システム論で考える往復書簡論

          『君たちはどう生きるか』を観てのメモ

          ぼくはこの作品をどう受け止めたのか僕はこの映画は宮崎駿はどう生きていたか?(=宮崎駿にとって生きるとはスタジオジブリにてアニメを作り続けていること)を魅せられた感覚を受け、その上で「君たちはどう生きるか」と問われた気がしました。 そしてそれは「生きてい”た”か」という過去形であり、これは流石に遺作なのでは、ととても思ったので寂しさ、というのがずんと心に残りました。 この作品をもって宮崎駿は何と決別したのか?大きなテーマとして「母からの決別」という解釈がちらほらありますが、

          『君たちはどう生きるか』を観てのメモ

          楽に仕事するために認知負荷の高さをコントロールする3つのポイント

          はじめまして、 株式会社MIMIGURIでPMをやっています。湯川卓海と申します。 この記事は、MIMIGURIメンバーが6つのキーワードで連日記事を書いていくMIMIGURI AdvetCalendar2022(15日目)の一環として執筆しています。 今、この記事を最後まで書き終わってからこの冒頭を書いているのですが、多分「理論と実践」の往復ってなんでやるの?という記事になってると思います。それを念頭に置いて読んでみてください。 ガチで理論と実践往復している人からする

          楽に仕事するために認知負荷の高さをコントロールする3つのポイント