違和感の正体

昔からずっーと心の隅っこにあった違和感の正体がわかった。それは生きてるって、感じがしないからだった。

今私が生きてるのは、
機械で作られた
なにひとつ不快なものを目にすることもなく
不要なものがきれいに取り除かれ
守られた安全な世界。

自然にはいびつなもの、汚いもの、危ないものがある。それらの存在があるからこそ、小さなキレイがとても美しく尊いものに感じる。

本来なら私たちの生活も、きっとそうあるべきなんじゃないだろうか。

雨風も土も森からも離れた今の生活は、まるでコンピューターの中に閉じ込められたゲームの主人公みたいに非現実的。


私はそんな世界じゃなくて、
森の中に放り込まれて生きていたいんだ。

雨風にさらされて、汚いものもキレイなものも共存してる空間で、自然に撃たれて生きていたい。

人工的に作られたゲームの世界の主人公じゃなくて、地球に生きる生物として生きていたいんだ。

なんてことを、ふいに思ったわけです。
しまいには、

人間はこのまま便利な生活を続けてても
いいのでしょうか、、?

なんて、デカすぎるテーマが頭の中で
ぐるんぐるんしてますっ!

はい、壮大すぎる話なのでおしまいっ!

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