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大秦景教流行中国碑発見とイエズス会と日本

 1620年頃、中国の西安の辺りで、古いキリスト教に関係する大秦景教流行中国碑(以下、景教碑)が発見された。すなわち、明の時代のことである。明では、イタリア人のイエズス会士マテオ・リッチ(1552-1610 中国名:利瑪竇)がキリスト教の初期伝道に関わっていたことや、リッチと日本のイエズス会との間に、たびたび通信などのやり取りがあったことは、以前書いたけれども↓

景教碑発見の頃は、すでにリッチは亡くなっており、明のキリスト教徒は迫害期にあたっていて、宣教師たちは杭州に避難したり、マカオにいったん戻って、再び明に入ったりしていた。それでも、リッチの影響でキリスト教徒になった李之藻はいち早く(1625年頃か)景教碑の拓本を手に入れ、景教のことを「其即利氏西泰(利瑪竇)所傳聖教乎」と書いた。こうして景教碑発見の報は、明に出入りした他のイエズス会士も知るところとなり、彼らはこの発見にたいへん歓喜したという。では、この景教碑発見の報は、イエズス会士を通して、すぐに日本にも入っただろうか。リッチの時代から鑑みるなら、あり得る話である。ただ、この頃には、リッチの時代とは、状況がだいぶ変わっていた。たとえば、リッチの時代には、日本管区に所属していた中国の宣教区が、この頃には日本から独立していた上に、さきほど書いたように、明のキリスト教は迫害期にあたっていて、ごたごたしていた。日本の方を見れば、日本のキリスト教徒たちは明以上の迫害を受けていた。1614年には、日本にいる宣教師たちがマカオに追放され、それでも日本に潜伏した宣教師たちがいたけれども、そうした潜伏宣教師の一人で、たとえば、リッチと同じくクラヴィウス門下で、長崎で日本初の月蝕の科学的観測をしたと言われるイタリア人でイエズス会士のカルロ・スピノラ(1564-1622)は、景教碑が発見される少し前の1622年の元和の大殉教で火刑にされていた。(スピノラについては、以前こちらに少し書きました↓)

このような状況であったから、日本管区からマカオのイエズス会に入る話は、殉教の話が多かっただろうし、このようなときだからこそ、中国で、古くからキリスト教が伝わったことを記したような景教碑が発見されたことが、迫害下で生きる日本のキリスト教徒たちに、励ましを与えるかのように伝えられたとしてもおかしくない気がする。ただ、迫害による混乱期では、その情報がちゃんと伝わったかどうか。

 さて、ここで終わっては面白くないので、景教碑とも日本とも関係があったイエズス会士について少し書いてみたい。1614年に日本から宣教師が追放される少し前、さまざまに絡み合った政治的状況によって、日本からマカオに追放されたイエズス会士にポルトガル人のジョアン・ロドリゲス(1559-1633 中国名:陸若漢)がいた。同時代に同名のイエズス会士がいたようで、もう一人のロドリゲスと区別できるようにロドリゲス通事とも呼ばれた人であるが、ここで話題にするのも、このロドリゲス通事のことである。ロドリゲス通事は、『日本大文典』を編集したり、通訳として秀吉などと関わったことで有名であったが、マカオに追放されてからも、日本に入る機会をうかがっていた。しかし、結局、日本には戻れず、マカオで亡くなったが、マカオにいる間は、『日本教会史』(未完)を書き進めていて、その合間にたびたび明にも入っており、発見間もない景教碑も見にいっていたようである。『日本教会史』には、景教碑のことも少し出てくる。このロドリゲス通事の『日本教会史』の執筆には、日本人の協力者がいて、それは、なんと同時期にマカオに追放されていた、天正遣欧使節のメンバーの一人だった原マルチノであった。このような関係から、原マルチノは景教碑発見の報を知っていたのではないかと思われる。(景教碑発見とロドリゲス通事と原マルチノと『日本教会史』の年代の考察については、こちらをご覧ください。↓)

マカオには原マルチノ以外にも日本人のイエズス会関係者がいたようだから、マカオのイエズス会関係の日本人の間では、景教碑発見のうわさが流れていてもおかしくはない。ただ、それが日本に入ったかは、わからない。

 ところで、ロドリゲス通事の未完の『日本教会史』を読むと、ロドリゲス通事は、古い時代の中国に、ネストリウス派のキリスト教が入ったことは知っていたが、景教=ネストリウス派とは、まだ認識していなかったようで、景教碑を、ネストリウス派より古い聖トマスと関係するキリスト教のものではないかと考えていたようである。聖トマスはインドと関係が深い。インドにおける、聖トマスのキリスト教とネストリウス派とイエズス会の微妙な関係の話については、こちらに書いたので、ご興味がある方はご覧ください。↓



(参考文献
①『大秦景教流行中國碑に就いて』桑原隲蔵著、底本「桑原隲藏全集 第一 卷 東洋史説苑」 岩波書店 青空文庫. Kindle 版.1938年初版
②『イエズス会と中国知識人』岡本さえ著、山川出版社、2016年
③『大航海時代叢書 第1期9 ジョアン・ロドリーゲス 日本教会史 上』岩波書店、1967年
④『大航海時代叢書 第1期10 ジョアン・ロドリーゲス 日本教会史 下』岩波書店、1970年
⑤『切支丹風土記 九州編』宝文館、S.35年)


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