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第一発見者未遂事件

#事件  があった。

85歳になる母は、団地で一人暮らしをしている。手や足が痛いと言いながらも、3度のご飯を自分で作り、介護保険のお世話になる事もなく暮らしている。

ケーブルテレビの業者が、チューナーの確認に来るので立ち会って欲しいと言われ、日曜日の10時から12時に来るという業者を迎えるために母の家へ向かった。

自宅を出る時に電話を入れる。「約束の10時を少し回ってしまいそう」という電話だ。

大概、母の家に行く時には一報を入れる。「今から出ます」たったこれだけの電話だが、いつもは「は〜い」と言って電話が切れる。そんな習慣だ。

しかし、今朝は違った。LINE電話に出ない・・・。

自宅の電話にかけ直す・・・出ない。

ちょっと嫌な感じだ・・・。

今までも訪問時の電話に出なかった事がある。近所のスーパーに買い物に行っていたり、自治会の集まりに出ていたり、ちょっとした所用で留守の場合だ。でも今は、約束の10時を回ろうかという時間。いくらなんでもいるはずだ。

高齢者の一人暮らしだ何があってもおかしくない。いつでも、心の準備はしないと・・・と、頭の片隅では思っているが、今日がその日であって欲しくはない。

嫌な予感を振り切り、とりあえず急いで現地へ・・・。母の家まで約3km、自転車で10分ちょっとの距離だ。何かあったら、急いで対処しなければならない・・・でも最悪の場合・・・第一発見者になりたくない・・・そんな複雑な思いを巡らしながら急いで自転車をこぐ。

団地の駐輪場に自転車を停め、母の住む部屋へ急ぐ。

合鍵は持っている、鍵を開けて団地の重い扉を開く・・・。

ガチャ・・・ガコン!

ドアは開いたが、ドアロックがかかっていて、5cm程開いてそれ以上は開かない。ドアチャイムを鳴らすが応答はない。

うわあ・・・倒れているか?風呂場か?

それとも具合が悪くて起き上がれないか?

ドアの隙間から「ばあちゃん!」と叫んでみる。応答がない。

うわあ・・・第一発見者か?

いや、どうしよう!

真っ先に思い浮かぶのは、姉だが・・・思い止まる。

嫌だめだ!彼女はパニクる。日頃は強く頼りになる姉だが、親族への想いが厚すぎて具合が悪くなるほど思い悩む。状況が落ち着いて結果を知らせたほうが良い。

次の手は、建築をやっている娘だ!自宅にいる娘に電話をかける「ばあちゃんが内鍵をかけて出てこない。ドアロックを外す方法はない?」「そんなん無理だよ」一言で終わった。かつて引っ越し屋だった旦那に電話を変わってもらい、同じ質問をした。

「いや、無理だろ・・・行こうか?」

「お願い、来て!」

彼ならベランダに回ってガラス戸を割って押入る事ができる。

旦那が来る前にできることをせねば!自転車の荷台に荷物をくくったビニール紐がある!なんとか、それでドアロックを外せないか・・・。

頭の中では名探偵コナンの密室殺人のトリックが、走馬灯のように巡りながら・・・試行錯誤して・・・なんと、火事場の馬鹿力ならぬ底知恵?ビニール紐のトリックで、ドアが開いた!

旦那はまだ来ない・・・第一発見者嫌だな・・・でも、生きていたら早く救急車を呼ばなきゃだし・・・恐る恐る声をかけながら家に入る。

玄関の入り口のガラスの引き戸の向こうに猫がいる・・・。人嫌いの猫で、私が行くといつも部屋のどこかに隠れてしまうような猫が、座ってこちらを見ている・・・。いつもと明らかに様子が違う。

「あいちゃん!ばあちゃんどこ?」

声をかけると、なんと、猫は私に先立ち寝室へと案内するではないか・・・。私に何かを知らせようとしているのか・・・?

「ばあちゃん?大丈夫?」声をかけながら寝室に入る。

ベッドを見ると布団に横たわった母がいる・・・。

安らかに眠っている・・・。

怖くてすぐに近寄れない・・・。「ばあちゃん?」「うたこさ〜ん?」声をかける・・・。

・・・パチ、パチ・・・。

横たわる母が瞬きをした・・・。

生きとる!

ホッとして駆け寄った。「ばあちゃん!大丈夫?」

「ああ!寝てた!」

声はしっかりしているし、全然具合悪そうじゃない。「なにも聞こえなかったわ・・・。」なんとなく寝ぼけている。

ああ・・・良かった・・・。そうだ、急いで駆けつけている旦那に連絡せねば・・・。スマホで電話の操作をしていると母が・・・。

「なあに?こんな寝姿を写真に撮ろうって言うの?」

ちゃうって・・・!!!!

聞けば、前日は外出していて、雨の中夜遅くに帰宅したらしい。それでも寝れずに朝の5時ごろやっと寝たという。「睡眠剤飲んだの?」「いや飲んでない」そんな会話の後、えっちらおっちらと体を起こし、ヨチヨチとトイレに行った。

そこへ旦那が駆けつけ、玄関のひもやらなんやらを見て慌てて入ってきた。

私「ばあちゃん、寝てた・・・」

旦那「良かった・・・!!!明日は休み取れるかとか、仕事の段取りどうするか?とか色々考えちゃったよ・・・。いやあ、生きてて良かった!!!」

いい人だ・・・。

そこへケーブルテレビの業者がやってきて、我々は何事もなかったかのように、ケーブルテレビのプランの変更やらなんやらの用事を済ませた。

LINEで、ことの顛末を姉に送ると電話がかかってきた。「何だって?」ちょっと怒ってる。状況報告をすると案の定「メッセージ見ただけで吐き気がして、気持ち悪くなった。心臓に悪いからやめてほしい!」そして、駆けつけてきて「ばあちゃんだめだからね!死んだら!」そして、旦那に「申し訳ないね・・・」と寿司とビールを買ってきた。

いざという時はいつやってくるかわからない。

今回の事件で、旦那は母に「ドアロックはかけないほうがいい」と言った。母も「そうだよね」と答えていた。

母の団地は、高齢者向けの住宅で、警報装置がついている。そして、団地のサービスとかで、週に1回安否確認の電話がある。電話に出ないとメモが入って、折り返しの連絡を求められる。それに対応しないと、管理会社が安否確認に部屋に入ってくるらしい。

我々姉妹は、毎週日曜日にランチがてら訪問して、馬鹿話をしながら、アレコレと生活に必要なことの手当をしている。

姉は「今度こんなことあったら、定点カメラ取り付けるからね!」と寿司をビールで流し込みながら言った。母は、「なんかトイレの水が1日流れないと連絡が来るサービスがあるらしいね」なんて、しばし、いざという時の話をした。

母は「今日は、いい予行演習になったじゃない」と言い、姉が「あなたがそれを言ったらシャレにならん」と怒っていた。

私は、自分がドアロックをビニール紐で開けたトリックにひとり感心して、「泥棒になれるな!」と言ったら母が「自慢して言いふらしちゃダメだよ」と釘を刺した。

#とんでも家族  の事件簿がまた一つ増えた、とんでもな日曜日だった。

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