無理やり言葉にする。無理やりでも言葉にする。
毎日を生きていて、私たちは常に何かを考えています。
邪念を払うといった時間は意識的に設定すればあるのかもしれませんが、日常を過ごしているうちは、常に何かを考えています。
その中で、言葉にしなければいけない瞬間というのがたまにあります。
すぐに思い浮かんだのが、次の4つです。
・誰かに意見を求められた時
・誰かに何かを伝えたい時
・自分の行動を決めたい時
・自分の思いを残したい時
この4つの瞬間を目の前にしても、言葉がうまく出てこないことがあります。
すぐに適した言葉が見つからないというのは、言語化することへの瞬発力が足りないことが要因となります。
これは自分の中で蓄積された語彙が少ないからであったり、緊張しがちといったマインドの面もあったりするため、練習や訓練である程度鍛えることができます。
その他に、じっくり考える時間があったとしても、言葉が出てこないという場合があるかもしれません。
無理やり言葉にする。無理やりでも言葉にする。
言葉が出てこないという人に見られるのが、自分に自信がないという自尊心の欠如です。
けれど、自分に自信のない人でも、短い文章ならば書けるという人もいます。自尊心の度合いによっても変わってくるのです。
さて、振り出しに戻りますが、日常を生きていると「言葉にしなければいけない瞬間」が必ず出てきます。
この時に言葉が出てこないと言い切ってしまうと、自ら次の4つのレッテルを自身に貼ることになってしまいます。
・誰かに意見を言えない
・誰かに何かを伝えられない
・自分の行動を決められない
・自分の思いを残すことができない
・・・だからね。
「無理やり言葉にする。無理やりでも言葉にする。」という価値観が必要になると私は考えています。
「何となく、そう感じました」では、
相手に何かを伝えることはできないし、自分の行動を決めることはできないのです。
「何となく、そう感じる」には、もしかしたら以前にも同じような経験があったのかもしれない。
「何となく、そう感じる」のは、自分の性格や好みに起因するところがあるのかもしれない。
「何となく、そう感じる」を疑ってみてください。
ツラツラと長い言語化でなくてもいいから、自分自身から生まれる言葉を大切にしてみてください。
そうして、私は私の言葉を、毎日無理やり生み出しています。
無理やり生み出した言葉であっても、確実に私の中から生まれた言葉です。
自分から逃げずに向き合った言葉は、これからの可能性に向かって一直線に放つ矢となるでしょう。
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