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ある錬金術師の話

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【ある錬金術師の話(仮題)11】

 

どうも世の中には間の悪いやつ、というのはいるものだ。
大事なことをしようとするときに限って、”いつも”邪魔を入れる。
 
どうしてあと一呼吸が置けないのだろう?
これが持って生まれた星回りの不思議なところだ。
 
こういう輩に対しては・・・、無視するに限る。
 
「どうもこちらの調子が狂ってしまうからな。
 
放っておけば、そのうちあきらめて帰るだろう。」
 
現在、ホーエンハイムが熱中して

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【ある錬金術師の話(仮題)10】

そんな時には、なぜか怪しい儲け話があるものだ。

その日は朝から激しい雨が降っていた。
これだけ足元が悪いと、さすがに誰も来ない。

それはそうだ。
なんといっても、相手は”病人”だ。

この雨の中をわざわざ来るなら、家でおとなしくしているか、よっぽど具合が悪ければ、往診を頼むかのどちらかだろう。

患者の数が少ないのは困ったことだが、逆に言えば、ゆっくり研究はできる。

「そろそろ、あの研究の続

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【ある錬金術師の話(仮題)9】

ホーエンハイムとしても、善意というよりも知的好奇心で、治療している感があった。

そしてなにより、研究にはカネがかかるのだ。

必要なものの中には、アフリカ原産の種もあれば、新大陸から渡ってきたというの木の皮もあった。

この頃のホーエンハイムは開業したてということもあって、治療の合間に錬金術の研究をしていた。

しかし、あまりに患者を簡単に治してしまうため、実入りは満足行くものではなかった。

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【ある錬金術師の話(仮題)8】

ホーエンハイムは、放浪生活の末に、ドイツのシュトラスブルクで、いよいよ医師として開業する事になった。

当然のように、彼の治療効果は素晴らしかった。
世界中を旅して身につけた、圧倒的な知識と経験を用いて、患者という患者を治療していた。

しかし、あまりに名医というのは、えてして”ラクをしている”と捉えられかねない。

名医というのは、患者の顔を見ただけで、その病気の原因がわかる。
あるいは、患者が

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【ある錬金術師の話(仮題)7】

錬金術にしても医術にしても哲学の部分は同じであり、だからこそ、どちらの知識も学者には不可欠な常識だった。

だから、錬金術士は医学の知識もあったし、占星術師は錬金術の知識も持っていた。

ちょうど、西欧の言語は数多あるとしても、その元をたとればラテン語であるのと同様なのだ。

1509年、ホーエンハイムはイタリアのフェラーラ大学に進学する。父と同様、医師としての道を歩み始めたわけだ。

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【ある錬金術師の話(仮題)6】

そもそも古代の人達は、どのように金が出来ると考えていたのだろうか?

実は、金属も人間のように、成長過程をたどると考えられていた。

人間が誕生し、幼児→少年→青年→大人→老人となり、いずれは死ぬ。

そしてまた新しい命となる。同様のことが、金属にも起こっていると考えていた。

つまり金属の死(腐食)の後に、再び新しい金属に成長すると考えられた。

その中でも、金は最終段階なのだ。

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【ある錬金術師の話(仮題)5】

もう一人、彼に多大な影響を与えた人物がいた。

ジークムント・フューガー伯爵である。

フィラッハには、ヒューガー伯爵の製錬所が有り、彼はここで錬金術の手ほどきを受けた。

ここで少しだけ、錬金術について触れておこう。

錬金術とは、「化学的に金を作る方法」である。金は金属の中で、”最も完璧な存在”と考えられていた。金は王水以外の溶液には溶けず、酸化もしない。

だからこそ、ツタンカーメン

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【ある錬金術師の話(仮題)4】

彼の母親の死後、父は彼を伴ってオーストリアのフィラッハに移住する。

フィラッハは古代ローマからの交通の要衝のみならず、スロベニアのイドリア鉱山にほど近い場所にあった。
当時、イドリア鉱山はオーストラリアの領地であり、ここで採取される水銀はスペインのアルマデン鉱山につぐ、世界で2番目の産出量であった。
そのため、錬金術師たちがこぞってここを中心に活動していたことは、自然な流れであった。

そして彼

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【ある錬金術師の話(仮題)3】

パラケルススの出生は、数奇に満ちていた。

1493年、スイスのアインジーデルンにて生誕。
スイスの一部地域には、古来より低身長の者が多かった。
先に述べたように、パラケルススもその例外ではなく、低身長であった。

今でこそ、その原因はクレチン症(食事性のヨード欠乏)によるものとわかっているが、当時は風土病と考えられていた。
そしてパラケルスス自身が、世界ではじめて、その原因が甲状腺腫である、と突

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【ある錬金術士の話(仮題)2】

その都カイロには、あまり似つかわしくない男がいた。

男といえば、男なのではあるが、背格好は子供のよう。

せいぜい150cm程度の小男である。

その男の名はパラケルスス。

本名はテオフラストゥス・ボムバストゥス・フォン・ホーエンハイム。

実は、「パラケルスス」というのは自称であり、本名ではない。

“ホーエンハイム“をラテン語読みにしたのだとも、”古代ローマの名医ケルススより

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【ある錬金術士の話(仮題)】

エジプトはナイルの賜物(たまもの)。

ヘロドトスの『歴史』における一節であるが、まさにナイル川こそがエジプトに繁栄をもたらしたものであった。

ケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれたアフリカ最大の湖、ヴィクトリア湖から流れでた水は、世界最長の6690kmもの距離を要して、デルタ地帯を形成した後に地中海に降り注ぐ。

周辺を見れば一目瞭然ではあるが、このナイル川がなければ、文明どころか人も寄

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