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第二十四話 シノノメナギの恋煩い

常田がとうとうわたしの家に引っ越してきた。数回泊まってうちから図書館、近くのスーパーとかお店とか駅とか歩いてここの方がいいと決めてくれた。

そしてわたしとずっとそばにいられるから。

男の人、恋人と同棲って初めてだから毎日が浮かれている。
「梛、おはよう。少しは落ち着いたか?」
「おはよう、ありがとう……すこしは、うん」
「梛が泣くなんて見たことなかったし……びっくりしたよ」
だってすごく傷ついたから。でもそれを言えなくて、抱きしめたら、常田の腕の中で泣いたら落ち着いた。

「なんかさ、梛が前よりももっと女の子になった気がする……前からも女の子だと思ってたけどさ」
そ、そ、そ、そう?! わたしは慌てて鏡を見る。常田は笑う。


「輝子さんが『梛が乙女になってるからセックスでもしたの? 無理よねぇ』ってさ……まいったよ」
常田のところにまで輝子さんの毒牙が! 

「ちゃんとしてません、って言っておいたからね。……あ、やばい病院の時間」
「あっ、そうだった! それと落語のチケットも」
「大丈夫、もってる」
病院の後ランチして落語を見に行くのだ。あの金風亭鯉鯉の。

車の中でも落語を流すようになってわたしも毎回聞いてたらまあまあ好きになってきた。

金風亭鯉鯉の声に惚れたのも一理あるが。関西弁と独特の声。わたしの中でうずきだす。
声だけでこんな気持ちになれるものかと。常田乗せている横でなに考えてるんだか。
鯉鯉さんの写真は見たことないんだけど……年齢はわたしと同じだと常田は教えてくれた。

彼の父の蛙さんとも声はやはり親だから似てるらしいけどまだ若いのに貫禄のある声。

今日会える……なんだろ、心臓バクバクする。それよりもまず常田の病院に無事辿り着けるのだろうか。

「大丈夫か、梛」
「あ、うん」



病院に着き、受付だけ済ませて戻ってきた常田。
「梛ってさ、前から思ってたけどたまーにボォっとしてんなぁ」
「よく言われる」
わたしが妄想してるからだ。
「きぃつけや、一緒にいる時もなんか間抜けな顔になっとんで」
えええっ、そうなの? 妄想してる時の顔なんて知らないし。

「ぼぉっとするのもええけど、ネガティヴに考えるのはだめやで。何度も言うてるけど心配せんでもええ」
「いいじゃん、ぼぉっとさせて。なんかさ、常田とのことを考えてて……これからの」
輝子さんとの会話をやっぱり思い出す。

わたしが女じゃないから常田を満足させてあげられない。キスとハグだけじゃ……。
「やっぱおかしいわ。なんが誰かに言われたんか?」
この待ち時間、いやな雰囲気にさせたくない。常田はカーオーディオの音源を切った。

「なぁ、梛。言うてくれ。僕は梛の彼氏や……年下でたよりないかもしれんけどな、話も聞いてやるし、もしなんか人に傷つけられたらそいつに言うてやる。口だけは達者やで、ははっ」
常田の細い目がガッと開いてわたしを見つめる。ヘラヘラしつつも真剣だ……こんなにかっこよかった? 

「僕は梛と居られるだけで幸せやし、セックスできへんでもキスとハグだけでも充分。……なんなら……恥ずかしいから言わへんかったけど一人である時に梛考えて抜いたことあるし」
 !!!

「あー、恥ずかしいわっ。言わなきゃよかった!!」
照れる常田が可愛い。でもわたしも常田と抱き合っているときに反応しちゃって……気まずかったときに彼は

「梛が僕に抱かれて、どきっとしてるのがわかるから便利やな」
とか言うし。あああああっ。

「梛、笑っとる。そう、そう、その笑顔や……あ、病院からや」
スマホから呼び出し音とバイブが鳴っている。

「梛な、僕は目がこの先どうなるかわからへんし、梛は体が男やけど気持ちが女で……悩むことこれからも多いかと思うんやけどさ。もう僕は一生梛と生きていきたい。同じ船に乗ったもの同士、支え合っていこや」
と手を握られた。初めて握った時よりも、とても温かくて、力強くて……。

「どっちかがへこたれると二人ともダメになってボロボロの幽霊船になるで。堂々として舵を切ればええ」
常田。わたしは手を握り返して頷いた。

「梛の手もしっかりしとるで」
「うん……そろそろ診察室行かないと」
「あああ、わかったわ。待っててな……」
チュッてわたしの手にキスをして離して車から出て行った。

ああ、常田。あんなにカッコ良かったかしら……。

ん? 何か視線を感じる。……目の前でぼーっとわたしを見つめる警備員のおじさん。口を開けてみてる。わたしは恥ずかしくなって目を逸らした。いつから見られてたんだろう。

続く

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