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第十九話 シノノメナギの恋煩い

今日は二人して休み。でも普通の休みではない。わたしは常田を乗せて市民病院に向かった。

彼の目の定期検診だ。付き合って初めて。わたしは送り迎えのみ。今までこの病院まで電車で行ってたなんて。

わたしは車の中で待つことにしたけど常田はすぐに戻ってきた。
「あと一時間かかりそうだから梛と一緒にいたくて」
手にはホットコーヒー。なんて優しい子っ……。

「どっかお店に行く?」
「ううん、ここで待つ。そうだ、CDかけていい?」
「いいよ、持ってきたのね」
どんな音楽聴くのかな……

て、渡されたのは落語のCD?! 常田がニコニコしている。

「意外やろ。落語好きなんよ」
「本当にあなたはわたしより年下ですか」
「それが年下なんですよぉ〜」

わたしはCDを入れると落語ならではの出囃子が流れた。
正直わたしは落語は聞かないし、笑点で落語家さんを見るくらいで。
あとはドラマ……宮藤官九郎さんのタイガーアンドドラゴンとかいだてんとかも落語が題材だったけど……落語を題材にした現代小説を読むくらい。

「僕さ、子供の頃に一時期手術で失明しとった時なオカンが退屈せえへんようにってさ本好きの僕のためにオーディオCDたくさん借りてきてな、なぜか落語のCDもあったんや」
あっさりと失明していた、って言うのがあれなんだけど。

「落語のっ?」
「そうそう、最初僕もそういうリアクションでさ。でもたまたまこの人の落語のCDでな、めっちゃ面白かったんや」
「んー? 金風亭蛙?」
名前は聞いたことあるけど……。落語好きって初めて知った。隣でゲラゲラ笑う常田。

彼はお母さんに点字や手話、読唇術を叩き込まれたそうだ。小さい音にも敏感だし、今はまだ見えるのに、点字を触ってこっちかー、とかああーと呟きながら読み取ってる。

もう少し興味を持たなきゃいけないかな……恋人の趣味とか好きなものをどこまで理解してどう接するか。
わたしは本当に興味が湧かないとダメなのよね。これは司書としては致命的なんだが。

だからこの流れてる落語もどれだけ自分の中に落とし込めるか。
よく好きな人が好きなものは好きになるとかいうけど……知るだけ知ってあまり深く追わないというのが私の傾向。
「……梛には退屈かな。でも面白いから」
そう、ここまで相手が推してくると困るものである。わたしはウン、と答えた。

でもわたしは……常田の目のこと。これからずっと一緒にいるとして、その目はいつかは見えなくなってきて。
そうしたらわたしはどうすればいいのだろう、彼をどう支えなきゃいけないのかって考えなくてはいけない。

いくら点字司書でもずっと今いるところで働ける保証はない。

てかそもそもわたしたちは家族には法律上なれないから今日みたいに付き添いはできない。
彼のそばにいるのに、彼のこと好きなのに。家族以上になりたいのに、なれない。

「あ、呼ばれたわ……て、梛?」
わたしは気づいたら目から涙が出ていた。
「どうしたんや、まだそばにいよか?」
わたしは首を横に振った。心配してる顔をする常田。

「ほな、言ってくる。ちゃんと言われたこと話すから。梛に」
頭をポンポンとされた。

ポンポン……そんなことするようなキャラじゃなかったのに、常田。涙が一気に乾くくらい顔が熱くなった。


続く



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