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第九話 シノノメナギの恋煩い

裏のスタッフルームではデスクでパソコン作業しているのが夏姐さん。わたしより10いくつ歳上で先輩。中高生の男の子3人の子供を育てるシングルママなのだ。


「今日、晩ご飯食べにいく?」
お誘いは突然である。多分お酒を飲みたいほど何か憂さ晴らししたいことでもあったのか、ただ気分なのか……その時々によりけりだが。

「マジっすか? もちろんおごりですよね?」
「馬鹿か!」
常田がひょこんと顔を出した。夏姐さんはわたしと常田と3人で飲むのが好きらしい。

またご飯食べてくるから休憩時間に寧々にメール送っておいた。
『今日は食べてきます』
生活時間がバラバラだしご飯は各自だからね。でも連絡は大事、ルームシェアしてるわけだしね。

休憩から上がると夏姐さんが常田が帰ってこない、と言うのだ。
落ち葉掃除で出て行ったきり帰ってこない。きっと無駄話でもしているのだろう。あの子は人懐っこい。


階段を降りて施設の玄関前に行くとやっぱり常田はそこにいた。
警備員のでんさんと楽しくお話ししてる。仕事中よっ。

「梛さん、綺麗にしたっすよー。もうしばらく大丈夫やで。なぁ、でんさん」
でんさんはニコっと微笑む。
「まさかでんさんにも掃除手伝わせたの?!」
「へへへっ」
ヘヘヘッじゃないの、その笑顔が可愛いのっ……。でんさんはニヤニヤしながら去っていく。
お見合いをお断りしてからか何故かあまり絡んでくることがなかったけど落ち込んではいないわよね?

て、いつのまにかわたしと常田で二人きり。空はオレンジ色。夕焼けの色が綺麗。日が落ちるのが早くなった。
常田のメガネは少し色がついている。本人は目の病気でと言っていた。そう悪くないっすよー、とちゃらく言っていたけど目が悪くなったら本が読めなくなる。
それどころか今この世界何も見えなくなる。なのになんでそんなに明るく振る舞えるのか。

にしてもこのふとした表情……。

ダメダメ、なにぼーっとして。

「ついでに本も回収していくわ」
「お、仕事してるねぇー」
「あなたも仕事しなさいっ」
「してるよー、夜楽しみだから仕事しなきゃ。寒い寒いー」
と言いながら常田は返却ボックスから本を取り出す。で、わたしと二人で分担して運ぶ。

「寒くなったから風邪ひかないようにね」
「大丈夫っすよー」
「夜も寒いかな」
「寒いけど居酒屋のどて煮で温まりましょう」
「夏姐さんの愚痴を聞きながら」
恋の対象でなくてあくまでも弟、みたいな存在……そう思えばいいのだ。彼はわたしのことをどう思っているかわからないけどさ。

そしてこの後、私たちは夏姐さんに遅すぎる! と怒られるのであった。

閉館は8時。わたしと夏姐さんは早番だったから常田はまだ仕事。
図書館を散策。ってずっと図書館にいることになるけど私たちは本が好きだから別に平気。
仕事中も気になる本はあるかどうかとか見れるけど返却作業など仕事に追われてじっくり読めない。だから相当疲れていない限りは閉館時間まで利用者として残ることが多い。


「今月は幸せに満ち溢れた日々を過ごせます。恋愛は、ライバル多し。だってさ」
女性誌の占いコーナーを見ているわたしたち。姐さんは色々あったからね。幸せになってもらいたいものよ。
で、わたしは……。
「前途多難だけど幸せならいいじゃないですか。わたしはモヤのかかったまま、いきなり恋に発展することもとか……」
「恋多き梛ーっ、今月も何かあるかもね」
「なんですか、今月もって」
夏姐さんはチャカすのが好きだ。自分の恋愛を探られたくないから。

「……最近出会いったって何もない。出会うのは新しい本、新規の利用者さん……」
姐さん、切ない顔をしている。……この様子だと酒飲みながらこのことを姐さんは話すだろう。

そしてグダグダ酔い潰れるだろう、覚悟しておかなきゃ。

続く

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